放送内容

2016年7月20日 ON AIR

毒まき散らす加湿器の真実

今年、韓国で起こった事件に世界中が衝撃をうけた。
死者95人。(※政府発表)


その原因は、加湿器用の殺菌剤。
「人体に安全な成分」、「殺菌99.9%子どもに安心」と表記しているにも関わらず、
次々に子ども達が亡くなった。


一体なぜ、こんな事件が起きてしまったのか?
事件の裏には、信じられないズサンな企業体質があった。


"幸せな家族に忍び寄る影"


2009年、韓国の中央部に位置するテジョン。
この町に住む、とある家族に2人目の子どもが誕生した。元気な男の子だった。


韓国の冬は、冷え込み湿度も低い。
ほとんどの家ではオンドルという床暖房が設備され、家は特に乾燥しやすい。
姉となった長女はよく加湿器から出てくる霧状の水で遊んでいた。


20160720_01_02.png


その姿に母親は気になっていた。それはある広告・・・
『加湿器は細菌が1日で100倍以上に増殖。それを防ぐには加湿器用の殺菌剤がいい』


加湿器には、一般的にスチーム式や超音波式がある。
スチーム式は沸騰させ蒸気を出すため、殺菌する方式のもの。
一方で、超音波式は水を霧状で出すだけなので、菌をそのまま放出することがある。


韓国では価格が安く、加湿効果が高い超音波式が人気だった。
母親は、子どもの健康の為にと殺菌剤を購入した。


水の中に入れるだけでばい菌から子どもを守れると、加湿器用殺菌剤は韓国では人気があった。
これが人体に有害だと思うはずも無い。


異変が現れたのは、殺菌剤購入から2か月後だった。
夫と長女が咳をするようになったのだ。
妻は熱もないため大丈夫だろうと気にしなかった。


しかし、長女の容態は悪化していった。
息苦しいと訴える娘。病院へ行き、医師にその事を伝えた。
肺のCTを撮るとすぐに恐ろしい病が判明する。


"愛する娘の原因不明の死"


長女の病、それは間質性肺炎。
肺胞の周りの間質と呼ばれる部分が炎症を起こし、やがて繊維化して固くなってしまう病気。
通常、肺胞では、酸素と二酸化炭素の交換を行なうが、肺胞壁が固くなると、
広がらなくなり酸素と二酸化炭素の交換が出来なってしまうため呼吸困難になる。


一度、繊維化した肺胞は元には戻らず、原因が特定できない特発性間質性肺炎の場合、
5年生存率は、30%と言われている。
実は間質性肺炎にかかるのは多くが高齢者。学会でも、幼児の発症例はほとんどなかった。


にもかかわらずこの病院では、4年前から間質性肺炎の幼い患者が相次いでいたのだ。
2007年までの数年間で15人も。そのうち7人が亡くなっていた。
さらに20か所以上の病院を調べると、幼児の間質性肺炎患者は78人。
そのうち、36人も亡くなっていたのだ。


そして、医師には気になる事があった。患者は、毎年11月から5月の寒い時期だけ。
これは、加湿器を使用する時期を指していたのだが・・
この時は加湿器用の殺菌剤など疑うはずもなかった。


医師は患者のデータを集め、国に全国的な調査を依頼した。
新型のウィルス感染ではないと言う事で国は調査に動いてくれなかった。


こうして何も解決されないまま、2010年。
あの家族の長女が発症してしまったのだ。


20160720_01_03.png


すでに長女の肺は繊維化し、酸素を補給し続けなければならない。
殺菌剤を使ってわずか2か月で、長女の肺は半分以上が繊維化し固まっていた。


ステロイド剤を投与して、繊維化部分を取り除く治療を始めることに。
しかし、薬の効果は全く見られず、病院に運ばれてわずか2日後に娘は亡くなった。
2歳10か月、あまりにも短い命だった。


原因を突き止めるため、ほかの患者達から損傷した肺の組織を採取して調べた。
その結果、どの患者も気管支周辺に炎症があることが判明する。
気管支とは、気道がいくつにも枝分かれした先の部分。
何か炎症作用のある化学物質を気管支から吸入したことが疑われた。


しかし、口から何かを吸入しただろうという事は突き止められたが、
まだこの時は加湿器用の殺菌剤とは分からない。


"妻にも同じ症状。そして命がけの出産"


一方で長女の死で悲しみに暮れていた一家に、新たな命が誕生した。
だが冬を迎えた頃、妻に異変が。
あの時の長女と同じように咳が止まらない。


病院で検査をすると、間質性肺炎と診断された。
亡くなった長女と同じ病だった。
出産は妻とお腹の赤ちゃんにも命の危険が及ぶ。


時を同じくして、この頃妊婦の間質性肺炎の患者が急増していた。


2011年4月11日。
呼吸が苦しい中での命がけの出産。元気な女の子が誕生した。
なんとか無事出産したが、もう肺は限界だった。


20160720_01_04.png


医師によると助かるには肺移植しかないという。
両方の肺ともほぼ機能しておらず、ドナーが見つからなければ助からない状態。


医師には一つの仮説が脳裏をよぎる。ただでさえ稀な病気が、同じ一家の中で起きた。
患者の家族の検査をした所、ほぼ全員に、肺に同じような損傷が見つかった。
感染場所は家庭内。すなわち、家の中にある何かに原因がある。


2011年4月、ようやく国が原因究明に乗り出した。
全国的に患者の家が調べられた。
壁紙をはる塗料、ペット、ダニ、使用している香水、植物と被害者の家に共通の物は無いか
調べていくが、加湿器まではたどり着かない。


一方その頃、妻のドナーが奇跡的に見つかった。
しかし手術にかかる費用は1億ウォン(約700万円)。
原因が究明されていないため補助金も出ないという。


それでも夫は妻が助かるのならと大金をなんとか工面した。
両方の肺を移植する大手術。13時間を要し、無事終わった。
そして、ついに原因が判明する。


"原因はPHMGという物質"


2011年8月。
国の調査であらゆる可能性をつぶしていった結果、加湿器用の殺菌剤に行きついた。
そして成分を調べた結果、ついに原因と思われる化学物質を発見した。


20160720_01_05.png


それはPHMG(ポリヘキサメチレングアニジン)という物質だった。
PHMGは、農薬に使われたり、工場などの消毒として使われる殺菌効果が強い物質。
皮膚などに触れるのは問題ないが、体内に入ると影響を及ぼす。


それが、なぜ加湿器用の殺菌剤として使われたのか?
そこには信じられない企業体質があった!


1995年にオキシー社が加湿器用殺菌剤を開発。
この時はまだ問題のPHMGの成分は入っていなかった。
ところが2000年頃、オキシー社の加湿器用殺菌剤に対して
消費者から水タンクに浮遊物質が発生するという多くのクレームがあった。


それを受け、オキシー社は水に溶けやすく殺菌効果の高いPHMGを使った
加湿器殺菌剤を作り始めたのだ。


元々、PHMGはカーペットなどの抗菌剤として、国への申請が行われ認可が下りていた。


カーペットなどの抗菌剤であれば、皮膚の毒性実験をすればいい。実際、PHMGは肌に触れても害はなかった。
当時の韓国の法律では、一度審査で合格すると、その後用途を変えても再審査を受ける義務がなかった。
その為、何のハードルもなく加湿器用の殺菌剤に転用されてしまったのだ。


しかも、商品には「人体に安全」の文字が大きく表示されている。
水の中にこの殺菌剤を適量入れるだけで、ばい菌から守れると人気となり、
オキシー社の殺菌剤は瞬く間にヒットした。


それを真似るように各社も安全性を確かめずにPHMG入りの殺菌剤を販売した。
11年間にわたり、毒入りの加湿器用殺菌剤は800万個以上も売れたという。


2011年8月31日、ようやく謎の間質性肺炎の原因が加湿器用殺菌剤だとわかった。
しかし、詳しい成分までは判明していなかったため、国は製造会社に販売自制を命じるにとどまった。


家族は自分たちを苦しめた原因をようやく知る事ができた。
しかしそれは、自分がよかれと購入し使ったもの。
つまり、自分が長女を殺した・・・そう思うと耐えられなかった。


国は動物を使ってこのPHMGの吸入実験を行なうと、肺に同じような影響が出た。
そこでようやく、2011年11月に製品の強制回収が行なわれた。


"責任逃れをしようとする国や企業"


被害者たちは、商品を認可した国にも責任があると賠償請求を訴えるが、
国側は責任がないと主張。


やがて検察により、PHMGを殺菌剤に使うことになった経緯が見えてきた。
浮遊物質のクレームを受けたオキシー社は、加湿器用殺菌剤の新たな成分を開発することに。
そんな時、PHMGの販売元であるSKケミカルの仲介会社CDIが
オキシー社に売り込みに来たのだ。


そしてオキシー社は、水に溶けやすく殺菌効果の高いPHMGを使用する事に決定。
下請け会社ハンビット化学に製造を依頼した。


PHMGを販売する、「SKケミカル」は、当然、その危険性を知っていたが・・・
仲介会社を挟んでいるので、オキシー社の殺菌剤に使用されるとは知らなかったと主張。
製造元のオキシー社は、危険物質だと言う事など聞いていないと主張。
国も企業も一切非を認めず、責任のたらい回し。


日本では、PHMGを含む加湿器用殺菌剤の流通は確認されていない。
一部家庭用製品にPHMGが使用されているが、ごく微量なため、
皮膚についたり、誤って飲み込んだりしても、代謝・分解され人体に影響はないという。


それにしても、なぜ幼児や妊婦に被害が多かったのか?
それは、在宅時間が長く吸引量が多かったため。
また幼児は、免疫力も弱く、体型における肺の表面積が大きい為、
影響がすぐに現れたと考えられた。


20160720_01_06.png


こういった被害を受け、非難を浴びる企業。
1番売上げが多かったオキシー社は、独自に吸入毒性検査を行った結果、
製品の成分が原因とは言えず黄砂やカビなどが原因の可能性もあると反論した。


企業側に処罰が下りたのは、安全だと虚偽の報告をした件によるもののみ。
その金額は、オキシー社500万円。その他の企業は10万円以下や、
警告処置だけという企業もあり、とんでもなく軽いものだった。


取り残された被害者たち。
その間も、被害者は呼吸困難で苦しみ、生死の境をさまよった。
被害者団体によると、死者は701人にものぼるという。
(※被害者団体まとめ 2016年7月8日現在)
しかも、莫大な手術費や治療費はほとんどが自己負担。
中には、1億円近い支払いに追われている被害者もいた。


そして、今年さらなる疑惑が浮上した。
オキシー社の動物実験のデータは、人体に影響あるとは言えないとの事だったが、
実は、実験を行なった大学教授を買収し、企業に不利なデータを削除し発表していたのだ。


教授は、研究費名目で約2300万円を手にし、他にも口止め料を受け取った疑惑が。
こうしてようやくオキシー社の元代表と幹部が次々逮捕。
販売禁止から5年、ようやくオキシー社が謝罪した。


遅すぎる対応に被害者の怒りは爆発。
検察は業務上過失致死及び、証拠隠滅に関して捜査している。
被害者たちは、検察の捜査結果を待つ事しか出来ない。


"被害者家族の現在は?"


そして、加湿器用殺菌剤で娘を亡くしたチャンさん一家をスタッフが訪ねた。
現在どのような生活を送っているのか訪ねた。


夫のチャン・ドンマンさんが迎えてくれた。
家には妻のヘヨンさんの姿もあった
肺移植から5年。未だに体調はすぐれないという。


20160720_01_07.png


手術後、免疫力が弱ってしまったのでマスクをしていないと体調が悪くなるという。
また、今でも1日6回、拒絶反応をおさえるため、免疫抑制剤を飲み続けなければいけない。


殺菌機を使うなど衛生面を徹底した生活。
家族もみなマスクをつけ、妻に菌をうつさないように気をつけている。
あまり動けなくなった妻に変わり、夫のチャンさんがほとんどの家事をするようになった。


今でも月に1度、ソウルの病院で検査を受けているという。
治療費と薬代は月に20万円。手術費が1000万円。
これまでにかかった費用は3000万円を越える。


わずかな支援しか受けられず、ほぼ全て自己負担だという。
そして、今でも亡くなった長女の死は今でも乗り越えられないでいる。
妻ヘヨンさんは、未だに娘のお墓参りにも行けないという。


どんなに国や企業に訴えかけても、娘は戻ってこない
今年7月現在、公判の日程は未定のまま。


殺菌剤の販売が禁止になった今、子どもたちの謎の間質性肺炎の患者は0になった。


仰天ニュースがオキシー社に取材を申し込むと、以下の返答が。


「補償案や再発防止策などが非常に遅れてしまったことに対して責任を認め、
今後このような事故が再発しないよう、可能な限りすべての措置をとる予定です。
そして、加湿器用殺菌剤により被害を受けた方々を支援するため、
100億ウォン規模の人道的基金も用意しております。」


そして国も被害者に賠償金を支払うと発表した。


このような企業犯罪は世界各地でも起こっている。
自社の利益のために大きな被害を起こす事件は今も後を絶たない。

バックナンバー一覧