放送内容

2016年7月27日 ON AIR

毎日記憶がリセットされる高校生

イギリス中部に位置するヨーク市。
ここに不思議で、貴重な体験をした少年がいる。


サム・タイさん、17歳。彼はちょっと変わった記憶喪失になった。
1か月ほど前に記憶が戻った彼は、なんと記憶を失くしていたときの奇妙な感覚を
覚えているという。


それは、驚くべきもの。なんと「毎日記憶がリセット」されていたというのだ。
いったいどういうことなのか?


"寝たら忘れる珍しい記憶喪失"


今年3月28日。
ラグビーの試合中に脳震盪を起こした17歳のサム。
脳に異常は見られなかったがとんでもない症状が起こった。


家族に話しかけられても誰なのか認識できない。
サムは自分の名前以外、ほとんどの記憶を失くしており、健忘症と診断された。


父親は仕事の都合でスリランカに住んでいる為、母と兄がサムを連れて家に戻った。
家にある思い出の品や写真を見れば思い出すかもしれない。
家族はサムの記憶を呼び起こそうとするが、サムは全く思い出せない。


ナイフやフォークはなぜか以前と同じように使うことができた。
しかし何が大好物だったかという味覚の記憶はない。
他にも歯磨きや着替えなど日常生活を送る上での動作は覚えていた。
そして、携帯電話の扱いも。


サムは戸惑いながらもベッドで眠りについた。
記憶を戻すため明日は何をしよう。しかし、とんでもない事が起きる。


翌朝、母親がサムに声をかけるがサム本人は誰なのか認識が出来ない。
昨日と同じことを繰り返した。教えたことも何もかも忘れていたのだ。
一晩眠ると、サムの記憶はリセットされていた。


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この症状は、「前向性健忘症」。
大きなストレスや脳への異変により異変があった以後の記憶が薄らぐ症状。
原因は記憶と深い関係のある側頭葉が強い衝撃を受けたためと思われる。


サムのような症状の場合、記憶がいつ戻るかはケースバイケース。
永遠に戻らないこともあるという。


母は息子が毎日の生活をこなせるようサポートを決意。
息子が引きこもらないよう毎日散歩に連れ出した。
しかしサムは毎日歩く近所の道も全く覚えていない。母はひと時も気が抜けなかった。


学校は引率なしには教室にたどり着けない。
授業にもついていけず、週に1日が限界だった。


明日には忘れてしまう。そこで母は毎晩枕元の携帯に、あるメモを置いた。


"記憶喪失当時のサムの感覚とは?"


ところで、記憶を失っている間サムは一体どんな感覚だったのか?
記憶が戻った今だからこそ語れるその時の思いとは。


朝、目覚めると、そこが自分の家で自分の部屋、自分のベッドという感覚はあったという。
起きたら一番に携帯を触る習性があった。そこに張り紙が。


"目が覚めたら、何が起こっているのかお母さんに聞きなさい"


お母さん?家にいる知らないおばさん...この人がお母さんなのか?
不思議と「家族」という概念はあったという。
何となく家族構成を想像し、息子らしく、弟らしく、ふさわしいと思われる行動をした。


だが心の中は、衝撃的な思いでいっぱいだった。
当時のサムは母や兄に親しみを感じたり、特別な感情を持つことはできず、
信頼できる人は一人もいなかったという。


母から自分の症状を説明されるサム。
毎日記憶がなくなる...毎日この衝撃的な宣告を聞かされ毎日落ち込み、
毎日思い悩む繰り返し。


サムの救いは携帯電話の使い方を覚えていたこと。
YouTubeの履歴から自分が好きだった音楽を探し出したり、
過去の友人とのやりとりから自分がどんな考え方をしていたのか知ることができた。


料理や食材の名前は覚えていたが味は覚えていない。
いつも、初めて味わう料理にワクワクしたという。


でも、明日になれば味も忘れる。眠るのが怖かった。
友達は毎週イチから自己紹介してくれた。

こんなに友達がいることに驚き、たくさんの新しい人たちの情報を
覚えなければならないことに、ものすごいストレスを感じた。


サムにはエリーという彼女がいた。
エリーもデートの時の写真を見せてサムの記憶を取り戻そうとしたが効果はない。


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サムは家族と同じように、彼女に対しても愛情を抱くことはできなかったという。
しかしボーイフレンドらしく振舞った。


母は明日起きて、昨日までのことが早く理解できるからと
カレンダーに、今日1日のサムの様子を書き留めた。


(4月17日のカレンダー)
サムがFacebookで友達の写真にイイネ!をするがその子が誰かは分かっていない。
恋人のエリーと一緒に街に出かけたが人が多すぎて疲れたよう。


(5月15日のカレンダー)
サムに記憶を失っていることを告げると、
「ちょっと興味があるんだけど、どんな症状なの?」と尋ねてきた。


サムも毎日、日記をつけた。


(4月22日の日記)
目が覚めたら頭が混乱していた。携帯に知らない人から「明日の朝ね」と
メッセージがあったので、誰なのか尋ねる。それは恋人のエリーだった。
彼女は、僕が「毎日リセット」することを説明してくれた。これは面白い話ではない。
この日記を書きながら僕は自分の筆跡がどんなだったか思い返している。
お母さんからお兄ちゃんに会うと言われた。
これはニュースだ。僕にお兄ちゃんがいるなんて知らなかったから。


(5月25日の日記)
今日はほとんどの時間を恋人のエリーと過ごした。
彼女に対する気持ちは思い出せないが、感情的な結びつきが蘇り始めているような気がする。


"旅行がきっかけで記憶を取り戻す"


そんな日々を送る中、サムの空手のコーチが見舞いに訪れた。
コーチはサムにたまには体を動かした方がいいと空手の型をやってみるよう勧めた。


サムは乗り気ではなかったがやってみると、思いがけない事が起きた。
空手の型の64もの動きのパターンを、サムはスラスラとこなしたのだ。
体が勝手に動いたという。


この日を境に少しずつ記憶が戻る兆候が見られるようになる。
忘れているはずの母の携帯番号をなぜかスラスラと言う事ができた。


環境を変えることで何か変わるのではという兄の提案でサムは兄と共に旅行することに。
行先は父が住んでいるスリランカ。


この旅で予想もしなかったことが起きる。
スリランカに着いた翌日、朝食を食べている最中に家族と昨日の事について話し始めた。


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サムはその瞬間ドキッとした。まるでパズルのピースがはまった時のような感覚。
だが全てを思い出したわけではなく、昨日のことだけを覚えていた。


父と兄はあえて質問責めにせずサムをリラックスさせ、
ゆっくり思い出させようと観光を楽しませた。


そして、旅行2日目。サムは一晩寝ても記憶はリセットされていなかった。
しかもサムには昨日と一昨日、2日分の記憶があった。


そして、スリランカに来て3日目。
さらに過去の事について語りだしたサム。断片的にではあるが、甦る過去の記憶。
こうしてスリランカに滞在した1週間の間にサムはほとんどの記憶を取り戻したという。
すると、ある感情も戻ってきた。


それは家族や恋人に対する親しみや愛おしさ。エリーとは今も恋人同士だそう。
未だ解明されていない失った記憶のメカニズム。まさに奇妙な体験だった。

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