走る民族・ララムリ
ウルトラマラソン...それはマラソンよりも距離が長く、
ときには道なき道を数日間かけて走ることもある過酷なレース。
世界各地で行われているが、今年4月、メキシコの標高2100メートルの山岳を
50キロ走る超過酷な大会の結果が話題になった。
女性50キロ部門でロレーナ・ラミレスさんが7時間3秒で1位。
驚きなのは彼女の姿。なんとスカートにサンダルで優勝したのだ。
"速いけど...超人見知りな民族"
そんな彼女に会いに行くため、東京から飛行機を乗り継いで18時間。
メキシコ、チワワ州。広大な山岳地帯のどこかに彼女は暮らしているという。
ここ「チワワ」は
日中の気温は30度を超え、乾燥した山岳地帯が続いていく。
その道中、ドライバーさんがあることを教えてくれた。
ララムリは超人見知りな人が多いから取材は大変とのこと。
空港を出てから5時間。舗装されていない道へ。
ここからロレーナさんの家まではなんと3時間もかかるという。
そして、ようやく...家を発見!
森の中にポツンと佇む家。まわりに全く何にもない!
これが女性チャンピオン、ロレーナさんの住まいとのこと。
そして今年4月の大会で優勝した、ロレーナさんと対面。
お母さんのマリアさんと7人の兄弟たちともあいさつをする。
しかし、家族は超人見知りで他の兄弟もなかなか目を合わせてくれない。
そんな中、一人だけおしゃべりな男性がいた。
彼はこの家の長男、マリオさん。
一人だけ格好も民族っぽくない。どうやら例外もいるようだ。
その様子を見て離れた場所からすごいスピードでこちらへ向かってくる男性がいた。
彼はロレーナさんのお父さん。
我々をよそ者と警戒しているのか?と思ったら、こちらも人見知りゼロだった!
そんなお父さん、あんなに全力で走ったのに、息が切れていない。
しかも、履いているのはあのサンダル。
これはワラッチという履物。
車のタイヤを材料に、自分たちで作っている。
スタッフも履かせてもらうと、薄く地面の硬さが直で伝わってくる。
彼らによると、足の裏の感覚を感じられるこの薄さが一番走りやすいという。
"速さの秘密は日々の生活にあった"
「ララムリ」は、現地語で「走る民族」という意味。
彼らはその昔、他の民族の支配を避けるため、山奥に逃げ込み、
隠れるようにして生きてきた。
現在でも閉鎖的で人見知りな人が多いのはその名残と言われている。
ララムリは山奥で走る力を身につけた。
彼らが世界に知られたのは1996年。アメリカ・ロサンゼルスの160キロを走る
ウルトラマラソンに突如現れ、優勝と上位を独占。
以来、「世界一長距離走が得意な民族」と呼ばれ、様々なレースで結果を残してきた。
男性も女性も、伝統衣装のスカート、サンダルを履いて走る。
ロレーナさんもそんなララムリの一人だったのだ。
家族が暮らす家はレンガで壁を作り、トタン屋根の簡易的な住居。
ちなみにこの家のお隣さんは、なんと徒歩で2時間も離れている。
家の中は、およそ12畳のキッチン兼ダイニング兼夫婦の寝室。
電気が通っていないため、昼の気温が30度を超えるにも関わらず、
薪を燃やした火が灯り代わり。
隣は子どもたちの部屋。およそ8畳に5人の子ども達が生活している。
実はこの一家、ララムリの中でも、屈指の走力を誇る家族。
山奥で自給自足をする彼らにとっては、大会での賞金が主な収入源となっている。
ララムリの昼食は、主食はとうもろこしの粉からできた
薄焼きのパン、トルティーヤ。
それに、ジャガイモ、玉ねぎ、激辛で有名なハラペーニョの炒め物を巻いて食べる。
そういえば、彼らは走る練習をしている様子はない。
走りの強さの秘密は、練習ではなく毎日の仕事にあるのだという。
水道のない彼らは1日1回、生活に必要な水を往復2キロかけて山まで汲みに行く。
水場までは超険しい山道。途中からはさらに傾斜が急になるため歩いて登る。
標高2000メートルを越えるので酸素も少なく、見た目以上にきつい。
彼女はスイスイ歩いて行くが、スタッフはそうはいかない。
帰りはポリタンク1つに20リットルを入れ、それを背中に背負いながら帰っていく。
さらに、薪集めに往復2キロ。
まだまだある、家畜のヤギの放牧におよそ8キロを歩く。
1日合計12キロの超険しい山歩き。
彼女は6歳の頃からこんな生活を続けている。
日々の生活が心肺機能を高め、高地トレーニングになっているのだ。
これだけでマラソンの練習なしで優勝してきた。
"元マラソン選手と勝負!"
しかし、こんなに働き詰めで学校はどうしていたのか?
なんと家から一番近い学校でも片道5時間!
子どもたちは学校の近くの宿舎に泊まらなければならない。
父親によると、家族を養うため大会に遠征することも多く、
家のことを彼女達に任せなければいけないので、学校に通わせる事が出来なかったという。
ロレーナさんは学校に行けない代わりに、支給された教科書で勉強した。
彼女は現在22歳。結婚についても聞いてみた。
近くに男性がいないので、想像がつかないのだという。
スタッフはどうかと聞いてみると、思わず照れるロレーナさん。
人見知りだった彼女とようやく打ち解けてきたところで
スタッフはロレーナさんがどれくらい速いのか検証させてもらう事にした。
それだけのために呼んだのが...元マラソン選手の松野明美。
ということで!人見知りの最強ランナーVS元1万メートルオリンピック選手の対決!
いよいよスタート!
平地では松野がリードしたが、山道に入るとロレーナさんが急にスピードを上げる!
一気に松野を置き去り!
坂道を力強く上がる!むしろ平地の時よりも速く見えるほど!
スカートにサンダルで険しい山道を激走していく!
ロレーナさんのスピードは落ちることなく下り坂に突入!
とてもサンダルとスカートで走っているとは思えない。
あっと言う間に、ゴールの家まで戻ってきた。
こんなスピードで山道を走っても、あまり息を乱さない!
なんとか松野も下り坂を抜け、ゴール。
そして「この民族に勝てるわけない!」と改めて実感したらしい。
驚きの脚力を見せてくれたロレーナさん。
実はこのロケの1週間後、超難関の100キロマラソンに出場するという。
この大会でとんでもない記録を残す!
"家族でレースの上位を独占!"
1週間後。ロレーナさんの家から車で4時間の街、グアチョチ。
この日は、街が1年の中で最も盛り上がる、ウルトラマラソンが開催される日。
早朝4時半。まだ暗い中、続々とランナーが集まってきた。
海外からも強豪ランナーが参加し、合計1200人が出場する。
その中にロレーナさんの姿があった。
彼女は今回、100キロ部門に出場する。
もちろん兄弟達やお父さんも参加。
相変わらず、カメラ大好きで明るいお父さんに対し、
実はちょっと緊張ぎみのロレーナさん。
それもそのはず。4月の大会で優勝して、注目度が超アップ!
元々、人見知りの民族。こんなに注目されるのは苦手だった。
今回の100キロのレースには大きな特徴があった。
ララムリが得意な山岳コースではあるが、問題はその高低差!
標高2500mから一気に1000mの谷底まで駆け下り、また登る。
いよいよスタート!まずは舗装された道路を快調に飛ばしていく。
スタッフが走ってついて行けるのは途中まで。
20キロ地点を超えると...高低差1500mの超過酷なコースに突入!
山というより、もはや崖だった!
実は過去に死者も出たことがあるという、まさに命がけのコースなのだ!
展望台から見下ろす40キロ地点を男性ランナーが続々と通過。
履いているのはやはりあのサンダル、ワラッチを履いたララムリが強い!
男性に混じって、ロレーナさんもやってきた。
既にフルマラソン1回分を走りきっているのに、勢いは止まらない!
あの毎日の家の作業で鍛えられた心肺機能と脚力が生かされている!
そして、女性で最初にゴールにやってきたのは...ロレーナさんだった!
2位以下をおよそ10分も突き放し、女性部門でダントツの優勝!
記録は、12時間44分22秒。
そして、先にゴールしていたお父さんと長男のマリオさんに引っ張られ
2位でゴールしたのは、なんと妹のホアニータさん。
さらに、その裏で長女のタリーナさんも、63キロ部門で3位!
100キロ部門で5位のお父さんも加えて、まさに最強の一家!
今回、一家で手にした賞金はおよそ30万円。
これでまたしばらく家族が養える。
人見知りの最強ランナーは、家族のためこれからも走り続ける。