命を奪った歯の痛み
タイ東北部の町、サコンナコーン。
2017年4月に仰天ニュースはある女性を取材していた。
ラタナポン・カラヤサイさん。28歳。
彼女の顔は右半分が大きく膨れあがっている。
少し前まで、異変はなかった。
美しかった顔は...わずかの間に、大きく変貌してしまった。
彼女を襲ったのは、なんと死亡率46%の恐ろしい病。
実はこの時、彼女の余命はいくばくもなかった。
その病とは一体何なのか!?
"突然彼女を襲った「口腔ガン」"
2015年。ラタナポンさんは韓国・ソウルにいた。
タイの田舎で貧しい生活をしている家族のために、1年前から出稼ぎに来ていた彼女。
レストランなど、色々な仕事をしながら、家族に仕送りをしていた。
そんな彼女には、毎日欠かさないことが。それは娘との電話。
実は彼女はシングルマザー。10代で結婚をしたが、その後離婚。
タイに一人娘を残していた。
そして彼女の全てを受け入れ、支えてくれる韓国人男性にも出会った。
いつかは結婚し、3人で暮らすことが夢。
そんな彼女に異変が起きたのは、2015年11月のことだった。
それは前歯のわずかな痛み。
翌日、歯医者に行ってみると...歯科医はすぐに専門病院での検査を勧めた。
そして、判明した病気は...口腔ガン。
舌ガン、歯ぐき、頬の粘膜など、口にできるガンの総称。
他のガンと同様、原因は飲酒や喫煙などの生活習慣であったり、
虫歯の放置や、口の不衛生なども原因となる。
実は口腔ガンの日本での死亡率は、なんと46%にもなる。
これは、胃ガンや乳ガンを大きく上回っていて、日本は先進国の中でも、
死亡者数が年々増加しているのだ。
その原因は...認知度の低さにある。
口腔ガンはガン全体の数%であるため、日本ではガン検診をやっていても
口腔ガンまで確認することは少ない。
初期の症状は口内炎と間違えやすく、痛みがないこともある。
発見されたときには進行していることも多いという。
彼女の場合、ガンは上あごの歯肉に発生していた。
悪化すると大きく切除しなくてはならないため、顔の変形を伴ってしまう口腔ガン。
初期の段階でも、化学療法より確実な手術を行うことが多い。
"いびつに変形していく自分の顔"
ラタナポンさんはタイに帰国し、治療に専念することになったが、
手術をするにも出稼ぎから帰ってきたばかりの彼女は生活するので精一杯。お金などない。
そこで医師に勧められたのが「30バーツカード」という
2002年から始まった医療システム。
1度に30バーツ、100円ほどの医療費でどんな治療も受けられるというもの。
ただし、受けられる病院や、地域は限られている。
ラタナポンさんはすぐに申請したが、登録まで数か月はかかるという。
登録を待っている間、自費で抗ガン剤の治療を進めた。
1回の治療費は約9万バーツ。日本円で30万円ほどもかかる。
そんな時、韓国で交際していた彼が定期的に治療費を送ってくれるように。
しばらくすると、美しかった彼女の髪は...抗ガン剤の影響で抜け落ちてしまった。
それをウィッグや帽子で隠すように。
病気が発覚して4か月...彼女の右頬はひどく腫れあがった。
このとき、腫瘍は皮下組織や口の中まで増殖していた。
ガン細胞は深く浸潤しており、手術は難しいと診断された。
ラタナポンさんは諦めることなく、少しでも進行を抑えようと、抗ガン剤の治療を続けた。
ようやくこの頃、医療カードが登録された。
いびつに変形していく自分の顔。
写真を撮るときは顔の膨らみを隠すようになった。
彼は仕事の合間を縫ってはタイを訪れた。
ラタナポンさんの変形した顔も、短くなった髪も、変わらず愛してくれた。
娘も明るく母を励ました。
そして、いつも母のそばを離れようとしなかった。
"死を覚悟した彼女が起こした行動とは"
自分に残された時間は、もう長くはないだろう。
そう思った彼女はある行動に出た。
抜け落ちた髪も、大きく腫れた顔も隠さず...写真を、SNSにアップしたのだ。
どんな姿でもいい...幼い娘や遠く離れた恋人に、病気と闘う自分の姿を覚えていてほしい。
そして、自分のように苦しむ人が増えないように、口腔ガンのことを
もっと知ってもらいたいと考えての行動だった。
彼女のこの行動は世界で注目され、数々の新聞で取り上げられた。
そして2017年4月。仰天ニュースも彼女を取材した。
この頃、痛みは少なく実家が営んでいた商店の手伝いもしていた。
娘のウィッパーワンちゃんは取材の日も母のそばを離れなかった。
仰天の取材から3か月後...ある写真が送られてきた。
この日、ラタナポンさんは純白のドレスに身を包んでいた。
韓国から駆け付けた彼氏、ユさんの申し出で結婚式を挙げたのだ。
ラタナポンさんの夢が叶った瞬間だった。
しかし、その1か月後。ラタナポンさんは28歳という短い人生に幕を閉じた。
病気が宣告されてからわずか1年10か月後のことだった。
彼女の死から4か月、仰天ニュースは再び家族のもとを訪ねた。
迎えてくれたのは娘のウィッパーワンちゃん、12歳。
彼女は母親のように苦しむ人が減って欲しいと、将来は看護師か医者になりたいと語る。
口腔ガンのことを伝えたいと願った母の思いは、娘が引き継いでいる。