読み書き困難少年の逆転の発想
映画「ちはやふる」で話題になった『競技かるた』。
気力と体力が重要な競技かるたは、「畳の上の格闘技」と言われている。
そして、その競技かるたに魅了された1人の男性...鈴木大成さん、22歳。
実は彼、文字を正確に読むことができないにもかかわらず、数々の大会で優勝し、
競技かるたの最高等級A級に上り詰めた。
周囲に理解されない苦しみ...それに立ち向かった彼の壮絶な努力とは。
1996年、神奈川県。
鈴木家の長男として誕生した大成。公務員の両親と弟の4人家族。
本人が自分が他の子と違うと意識したのは、小学校2年生の時。
授業で漢字の書き取りをしていた彼のノートには間違えて書かれた漢字が並んでいた。
なぜならこの時、大成にはそのように見えていたから。
だから何度やり直しても...漢字を正確に書くことができない。
このとき、誰も気づかなかったが、ある障害が彼を苦しめていた。
それは...読み書き障害。
脳機能の一部に障害があるとされており、文字を正確に認識できない。
そのため文章を読んだり、書いたりすることが、非常に困難になる障害である。
実は「読み書き障害」に苦しんでいる人は多い。
大成の場合は、文字が歪んだり、二重に見えたりしていたという。
さらに、色がついている文字が苦手で、色同士がくっついて見えてしまうことがあった。
しかし、自分以外の見え方が分からないため、文字が歪んで見えていることに
気がつかなかった。
不思議だったのは...なぜか数字は歪まないため、算数は得意だった。
さらに、理科や社会はイラストや写真が多かったので、なんとなく理解できていた。
そんな大成が嫌いな時間が...音読だった。
文字が動いたり歪んだりするため、読むのに時間がかかる。
クラスメイトに笑われるのが辛かった。
しかし大成は、ここから様々な作戦を考えていく。
百人一首との出会いが人生を変える
算数の文章問題は...数字と最後の情報だけを読み取ると、問題を想像して計算した。
苦手な音読は...先生が読んでいるのを必死に暗記。
この頃の成績表を見てみると...特段、悪くはなかった。
しかし、ここに大きな問題が。
読み書き障害がある子どもたちは、授業をしっかり聞き、音読部分を記憶しているので、
あてられても大まかには反応できることになる...そのため早期発見が困難になるのだ。
みんなが当たり前にできることが、自分にはできない。
そのことが、大成から自信を奪っていった...そんな大成が、小学4年生になったある日。
授業で先生があるものを持ち込んだ...それが百人一首だった。
先生が百人一首のルールを説明し、クラスで実際にやってみた。
文字ばかりが並ぶ。そんな札を瞬時に探すのは、大成には困難なこと。
そこで、1枚だけに狙いを定め、先生が読んだ瞬間、誰よりも早く札をとった!!
これまで暗記ばっかりしていた彼は、先生が手本で読んだ札をすでに覚えていたのだ。
それから大成は、百人一首を必死に覚えた。
祖母が読むのを暗記し...下の句の書かれた取り札は字を読まずに、
文字の配列をひとつの図形として認識していった。
こうして、大成はめきめき強くなった。クラスメイトたちも一目置くように。
孤独だった学校が、かるたのおかげで楽しくなった。
いつも1人だった大成に居場所ができたのだ。
中学校に入っても...かるたを続けることが大成の自信となり、
かるた部の強豪高校に入りたいという目標が生まれた。
大成の読み書き困難は相変わらずだったが、かるたで使った覚え方が、
受験にも役立つことになる。
漢字や元素記号なども、図形としてイメージでとらえ、
図形と図形の組み合わせと思えば、パズルのようでおもしろかった。
志望高校は、解答が全て選択方式。
漢字を正確に書く事ができなくても、イメージがわけば答えられた。
こうして、大成は競技かるたの強豪校に見事合格。
念願だったかるた部に入部した。
ついに自身を苦しめていた原因を知る
しかし大きな壁が...大成の目の前には綺麗に並んだ札。
これが、大成には苦痛だった。
実は中学まで彼がやっていたのは、札をバラバラに並べる「散らし取り」。
しかし競技かるたでは、15分の暗記時間があり、札の位置を覚えて試合に臨む。
札が規則正しく隙間なく並んでいると、文字が認識しづらかった。
そこで札をよりイメージで捉え、自分なりの並べ方を決めていく。
そして、読み書き障害を抱えながらも大成はめきめきと実力をつけていき、
試合で入賞するように。
こうして高校3年生の5月、大会で優勝した大成はついに最高等級であるA級に昇級した!
読み書き障害を抱えながらも競技かるたの最高等級に上り詰めた大成。
高校最後の夏、大成の所属するかるた部は県大会で優勝。全国高校選手権に出場が決まった。
それは、競技かるたをする高校生たちにとっての憧れの舞台。
大成も激しく札に飛び込む。
チーム唯一のA級である彼は、このとき部長。声出しで仲間を盛り上げた。
一緒に戦える仲間がいることが、何よりも嬉しかったという。
この年、彼らは創部以来初の全国大会ベスト8に輝いた。
高校卒業後、面接だけで入れる大学を選び入学。
そんなとき、ある日の新聞に大成と同じように読み書き障害を持つ人の見え方が載っていた。
この時ようやく、大成は自分の障害に気づくことができたのだ。
これがきっかけとなり、大成は病院で検査を受けることに。
そこで、発達障害の一つである自閉スペクトラム症の診断を受けた。
大成はついに自分を苦しめていた原因を知ることになった。
診断から3年。
現在、彼はかるた4段の腕前。まだまだ続けていくという。
さらに将来は、自分と同じような発達障害の子どもたちを支える仕事に就きたいと語っている。