駅弁、一日でいくつ買えるか !?

 明治18年栃木県宇都宮駅で、「おにぎり弁当」としてはじめて誕生した駅弁。その後、この駅弁は、多くの人に愛され続け、日本独自の食文化となり、今では全国各地のその土地土地で採れる食材を生かした駅弁が販売されるようになった。

 そして、今から約1年前。この日本全国の「うまい駅弁」「噂の駅弁」を求めて行われた、「一日で駅弁いくつ買えるか?」。

 東京駅を出発し、北と南の2手に別れて行われたこの「駅弁の旅」では、両ルート合わせ、1日で合計316個の駅弁購入に成功。

 しかし、全国には、なんと約6000種類もの駅弁があるという。ということは、まだ見ぬ駅弁が、全国には存在するはず。

 そこでもう一度、この「駅弁の旅」に挑戦することに。そして、再び挑む、その日とは…、4月10日。

 この4月10日は、日付の「4」(月)と「十」(日)を組み合わせると「弁」という文字に見えるということから「駅弁の日」となった。そして、この日には、全国各地で駅弁をテーマにした催し物が行われ、さらに、この日限りの限定弁当が発売される場所もあるという。

 そこで、この駅弁の日、4月10日に再び挑む、「一日で駅弁いくつ買えるか?」

 今回は、西の玄関口である京都駅をスタートに、瀬戸内海を望んで走る「山陽ルート」と、日本海にそって伸びる「山陰ルート」の二手に分かれ、西日本の海や山の豊富な食材を生かした駅弁を買い求める。

 そして、山陽ルートを行くのは、若さと食欲がパワーの「太一・長瀬チーム」。一方、山陰ルートを行くのは、年はとっているが、味にはうるさい「城島 茂」と、前回の駅弁の旅も登場した、気象予報士「木原実」。日本テレビの天気予報の顔である木原は、前回の駅弁の旅にも挑戦し、十二分においしい駅弁を堪能。

 タイムリミットは、午後8時。果たして、一日でいくつ駅弁を買うことができるのか?


 小雨がぱらつく、早朝6時。2チーム、京都駅から元気良くスタート。

太一・長瀬チーム
 まずは「動け」と、早速改札を入り、まだ静かな駅構内を巡る。シャッターの開いていない、早朝のこの時間だが、なんとか売店を発見し、まずは、5個の駅弁を買う。その後も、続けて駅弁を見つけ、京都駅で合計10個の駅弁を購入。この京都駅では、考えるよりも、まずは行動を起こしたこの二人。しかし、ここからは、駅弁が多数ありそうなイメージのある、ビッグターミナルを狙う作戦。そこで、次なる目的地は、新大阪駅に決定。

 新大阪に向かう車中、太一が長瀬にあることを告白。それは、どうしても、下関にある駅弁「ふくめし」を食べたいとの願い。しかし、下関は、本州の端。はたして、いくつもの駅弁を買いながら、時間内にそこまでたどりつけるのか?

 その後、目的の新大阪に到着。ここでの駅弁の数は、二人の予想通り豊富で、46個を買うことに成功。さらにその後も、同じくビックターミナルである新神戸駅に向かい、ここでも35個を買い重ね一気に数を増やす。

 次の駅に移動するため、駅弁を背負おうとする長瀬。しかし、その重さは、誰かが、押しているのではないかと思わせるほど。

 ここまでの駅弁、99個。

 つづく西明石駅で、名物「ひっぱりだこ」と「たこめし」を発見。合計8個の駅弁を買い、次の目的地を時刻表に駅弁マークのある加古川駅に決める。しかし、ここで一つの問題が。というのも、加古川駅での停車時間は、たった4分しかない。しかし、この時間内に、すばやく駅弁を発見し、購入しなければ電車に乗り遅れてしまい、タイムアップに影響が出てきてしまう。つまり、増えてきた重い駅弁を持ちながらでは、時間内に駅弁を買うことは難しい。そこで、車内に駅弁を残し、太一、長瀬のどちらか一人が駅弁を買いに行くことに。その決定方法は…、もちろん「じゃんけん」。そして、勝負の結果は…、長
瀬の負け。

 加古川駅到着。長瀬は、ドアが開く前に、すでに入り口付近でスタンバイ完了。ドアが開くと、すかさず売店捜索開始。しかし、ホームには売店がないので、改札外まで、長瀬は捜索範囲を広げることに。列車の窓からは、太一が心配そうに、長瀬の動きを見つめる。そして、長瀬は、なんとか売店に到着するが、駅弁の販売数は、「幕の内弁当」たった1種類。目的を果たし、安心したのか、長瀬は時間がないのにゆっくりホームへ戻る。
 一方、完全に視界から消えてしまった長瀬を、車内で一人、時計を見つめながら待つ太一。発車時刻は、あと30秒に迫っている。追い討ちをかけるように、今まで見えていた窓からの視界は、反対ホームの列車が到着したため、見えなくなってしまうという事態発生。こうなってしまっては、あとは長瀬信じて、待つのみ。残り時間は、あと15秒。

 が、何とか間に合い、長瀬は列車に乗車。

 ほっと一息つく2人。そこで、長瀬は、太一に1個しか駅弁を買えなかったことを報告。しかし、この1個、実は、貴重な100個目の駅弁。

 大きな駅に降りるという作戦が、功を奏している太一・長瀬チーム。そこで、今度も、同じくビックターミナル姫路駅で下車。すると、駅弁8個の購入に成功。

 その後、相生駅で、人気弁当「忠臣蔵」シリーズを買うために下車。しかし、そのシリーズの中の一つ、「ほろ酔い忠臣蔵」だけが売りきれてしまっていた。この「ほろ酔い忠臣蔵」とは、小さな一升瓶が入った駅弁で、このシリーズの中でも、ずば抜けた人気を誇るもの。あきらめきれない太一は、どうにか買う方法はないかと、売店のおばさんに食いさがる。すると、新幹線の車内販売で買えるかもしれないという情報を入手。そこで早速、山陽新幹線に乗りこむことに。

 乗車してからすぐに、待望の車内販売が登場。しかし、少し前に座っていたサラリーマンが、車内販売を呼び止めてしまう。なかなか、買えそうで買えない、いじらしい「ほろ酔い忠臣蔵」。その後、ついに、2人の前にも、車内販売到着。待ち構えていた長瀬は、すかさず注文。しかし!!

 なんと、さっき呼び止めたサラリーマンに最後の「ほろよい忠臣蔵」の一つを売ってしまったという。2人の目には、おいしそうに杯を傾ける、サラリーマンの姿が。これには、太一・長瀬、絶句。

 スタートから、4時間30分。ここまでの駅弁119個。

 次は、重箱に入った豪華な駅弁「贈答用祭すし」を買うために、岡山駅に下車。目的の「贈答用祭すし」を買っている、太一、何かを発見。それは、「わがままオーダー弁当」という名の駅弁。この「わがままオーダー弁当」とは、例えば東京から、事前に岡山駅の「三好野」さんに電話連絡しておけば、到着する時間までに、どんな注文の弁当でも作っておいてくれるというもの。

 2人は、お店の人に、それぞれのオリジナルメニューを手渡し、完成を待つことに。すると、太一、またまた何かを発見。それは、「四国駅弁フェア」のポスター。ポスターによると、四国の高松駅には、四国中の駅弁が集まっているという。そこで、わがままオーダー弁当が完成するまでの2時間、この四国中の駅弁が集まる高松駅に向かうことに。

 またここで、今まで買ってきた駅弁を東京まで送る太一と長瀬。輸送方法は、「レールゴーサービス」を利用。これは、新幹線を輸送便として使う画期的なシステムで、ここ岡山駅から、東京駅までなら、その日のうち(約4時間)で荷物が届いてしまうという便利なサービス。

 そこで2人は、しっかりと、大切な駅弁をダンボールに積め、さらにきちんとドライアイスで冷蔵処理をし、ここから駅弁を東京駅に発送。

 スタートから6時間。ここまでの駅弁、131個。

 本州と四国を結ぶ瀬戸大橋を渡り、岡山駅から約1時間で高松駅に到着。一体何個の駅弁があるのか期待を膨らませながら、一目散に駅弁フェアをやっている売店へ向かう。

 が、なんとたったの7個しか売っていなかった。ちょっと拍子抜け抜けした長瀬と太一だったが、せっかく海を渡り、四国までやってきたので、買った「醤油めし」「牛めし」「あなごめし」を食べてみることに。すると、数のほうは少し不満は残ったが、味の方には大満足。

 その後、「わがままオーダー弁当」を受け取りに岡山駅に戻った二人。そして、そのまま西へ向かう新幹線に乗り込む。乗りこんだ車内では、早速、どんな駅弁ができあがったのかをチェック。

 できた駅弁を開いてみると…
長瀬がオーダーした駅弁は、「エビフライ・エビチリ・ピラフ・ステーキ」の入ったスタミナたっぷりの洋風弁当。さらに、「やざくれ女」の文字が書いてあるデザート付き。そして、太一の駅弁は、「天ぷら・お刺身・魚の照り焼き・煮物」の入ったちょっと日本人の香り漂う純和風弁当。こちらは、DASHの文字入りデザート付き。

 そして、気になるお味については、「料理に言葉は要らない」との感想。

 スタートから、9時間。ここまでの駅弁138個。

 次に、2人は、福山駅で下車し、12個の駅弁を購入。そして、ここからは一気に新幹線で、次なるビッグターミナルを目指す。その目的地は、「しゃもじ弁当」が名物の広島駅。

 広島駅に到着するが、名物「しゃもじ弁当」は、季節限定の駅弁の為、どこの売店でも買うことができず。だが、全部で20個の駅弁を買うことには成功。

 残り時間あと、2時間。ここまでの駅弁、172個。

 下関に近い、厚狭(あさ)駅に到着した長瀬と太一。新幹線のホームには、売店がない。そこで、駅員さんに売店の場所を聞き、「幕の内弁当」「寝太郎 にぎやか寿し」を購入。気がつけば、タイムリミットまであと40分。次の目的地は、あの「ふくめし」のある新下関。

 ついに「ふくめし」のある新下関に到着。真っ先に「ふくめし」を探しに行く、太一と長瀬。売店を発見し、探してみるが、見当たらない。店のおばさんに聞いてみると、なんと、今日、4月10日で、「ふくめし」は、販売終了とのこと。しかし、おばさんから、この先の下関の駅には、あるかもしれないという情報を得る。

 ならば、目指すは、下関のみ。そこで、時刻表を確認すると、19:48に、下関行きの列車を発見。駅員さんによると、ここから下関までは、約10分。ということは、なんとか間に合う可能性が!

 19:48、新下関から下関に向けて出発。

 そして、19:58、下関駅到着。残り時間は、あと2分。しかし、ホームの売店は、すべて閉店済み。そこで、改札外を目指すが、切符がみつからない。しかし、なんとか切符を発見し、改札をすり抜ける。そして見つけた一軒の売店。

 そこには、「ふくめし」が!!お金を払い、太一の手に「ふくめし」が渡った瞬間…、

 『タイムアップ』。果たして、いくつ買えたのか?
            
 城島・木原チーム

 まずは、改札外でしっかり駅構内の地図を見て、売店の位置を確認。そして、きちんとねらいを定めた後、足早に移動し、駅弁を購入するというぬかりのない買い方をみせる城島と木原。さらに、新幹線ホームと、在来線の近鉄線ホームにある駅弁を、入場券を利用して同時購入する作戦を思いつき、効率的に駅弁を買うことにも成功。ここ京都駅で、くまなく、しっかりと駅弁を買い尽くす作戦のおかげで、なんと合計56個もの駅弁を買う事に成功。

 京都駅を出発し、その後の園部駅で「幕の内弁当」1つを地道に購入。次は、綾部駅にある名物「鮎めし」がターゲット。しかし、ここで乗ってきた電車を下車し、次の電車まで、待つのはちょっともったいない。そこで2人は、駅弁を停車時間内に買い、かつ、乗ってきた電車に戻ってきてしまおうという大胆な作戦を思いつく。しかし、ここでの停車時間はたったの3分しかない。この作戦、成功するのか?

 問題の綾部駅到着。そそくさと下車する二人だが、なかなか売店は見つからない。そこで、駅員さんに売店の場所を確認してみると、駅の外に売店があるということ。そして言われたとおり、改札を出てみると、売店を発見。が、ここには、まだ駅弁が届いていないという。残り時間は、あと2分。

 その時、木原があるものを発見。それは、駅弁立ち売りのワゴン。すかさず、「売ってください」と頼む木原だが、「ホームでしか売れません」との返事。ならばと、急いでホームに戻ろうとする木原だったが、そうこうしているうちにも、時間は経過するばかり。結局、「鮎ずし」はあきらめ、列車に乗るためホームに急いで戻るが…、

 列車はすでに発車したあと。あ然とする2人。

 気を取りなおし時刻表を見てみると、運良く次の列車とは接続が良い。しかし、残り時間は、またもや少ないあと2分。そこで、急いで出発ホームに移動。すると、先ほどの立ち売りワゴンを発見。残り時間は、あと1分。しかし、今度こそ「鮎ずし」を手に入れるため、ここでもう一度購入にチャレンジ。

 そして、何とか「鮎ずし」を手に入れることに成功し、列車に乗り込み、作戦完了。その後、福知山へ向かい、ここでは、9個の駅弁を購入。

 ここまでの、駅弁69個。

 福知山駅を出発した二人は、次の目的地を、なにやら変わった名前の駅弁がある和田山駅にすることに。

 和田山駅で遭遇した、変わった名前の駅弁とは…、「モー牛牛づめ」。早速、中を見てみる二人。この駅弁、箱が牛の形をしているだけかと思いきや、ふたを開けてみると…「モ〜モ〜モ〜」と鳴き声が。すると、城島は、かなり気に入ったのか、この鳴き声のする部分を、弁当箱から取はずし、自分の財布に入れてしまう。

 スタートから、4時間30分。ここまでの駅弁、76個。

 その後、豊岡駅で、木原が車窓から反対ホームに駅弁が立ち売りされているのを発見。そこで、ここでも急遽、駅弁購入に挑戦することに。しかし、停車時間は1分だけ。この無謀ともいえる作戦に、挑むのは、やはり城島。

 しかし、待つこと空しく、停車時間1分を過ぎ、列車は静かに発車してしまった。こうなってしまっては、後は、城島が、電車に間に合い、乗りこんでいることを祈るのみ。その時、木原がゆっくりと流れ出した駅の風景に何かを発見。

 それは…、乗り遅れた城島の姿だった。思わぬ事態に動揺する木原。しかし、急いで、乗り遅れた城島と合流できる駅を時刻表で確認。その駅は、浜坂駅。

 浜坂駅で合流する前に、城崎駅に一度下車した木原。突然のアクシデントはあったが、ここでもしっかり駅弁購入を図る。すると、その中の一つに、なんと6000円もする駅弁と遭遇。その駅弁とは、「柳ごおり弁当」。この駅弁は、この地方の伝統工芸である「コオリヤナギ」を編みこんで作られている、杞柳細工を入れ物としているため、6000円という価格になっているのである。

 浜坂駅に先に到着した木原は、ここで変わった名前の駅弁を発見。その駅弁とは、「レチ弁」。このレチとは、車掌さんや駅長さんを指す言葉、「列車の長」の愛称。

 スタートから6時間。ここまでの駅弁、92個。

 その後、木原と城島は、なんとか合流に成功。そして、次の目的地、鳥取駅についた2人は、ここで、「元祖 かに寿し」を発見。この駅弁、実は、数ある「かに寿し」の中でも、日本で最初に発売されたもの。

 鳥取駅を出発した後、一つの作戦を思いつく城島と木原。それは、まず、先の米子駅で城島だけが下車し、駅弁を購入。一方の木原は、米子駅では降りずに、そのまま乗り続け、さらに先の松江駅で下車し、そこで駅弁を購入。そして、遅れてくる城島の列車に、木原が松江駅で乗り込み、車内で合流するという作戦。

 これは、同時に、それぞれの駅で駅弁を買えるという効率的な方法。

 そこでまずは、城島が米子駅で下車。駅弁を買うため、財布を開けると…、「モ〜モ〜モ〜」と鳴き声。ここで、3個の駅弁を買う。

 木原も、松江駅に到着。しかし、今まで2人で持っていた駅弁を、一人で持たなければならず、階段を下るのも一苦労。一方、城島は、上りでも楽勝。

 松江駅でいくつか駅弁を買っていると、木原がある駅弁に突然、目を輝かせた。その駅弁とは、「ごきげん弁当」。この駅弁は、なんと日本酒の小瓶が、二本も入った豪華なもの。そして、ここで21個の駅弁購入に成功。思わぬ数の駅弁購入ができた木原。しかし、さすがに、ここまで駅弁が増えてしまうと一人で持つのはつらい。そこで、ここから、佐川急便の「飛脚クール便」で、鮮度を保ったまま東京まで送ることに。

 スタートから9時間。ここまでの駅弁、142個。

 城島は、米子駅で駅弁を購入した後、予定通り列車に乗車。あとは車内で、松江駅で乗りこんでくる木原さんを待つのみ。

 松江駅に到着した城島が乗った列車。城島は窓から、ホームにいる木原を確認。そして、合流。すると城島、ある事に気付く。「木原さん、駅弁はどうしたのですか!?」あせる城島。しかし、木原が、松江駅から東京に駅弁を送った事を聞き、ひと安心。

 合流した後の車内では、作戦の成功に、木原が松江で買った「ごきげん弁当」の日本酒で乾杯。が、城島は飲みすぎ悪酔い。

 その後、そばで有名な出雲市駅に到着。ここでも、もちろん駅弁を買いに、売店に向かう2人。すると、名物を生かした「出雲そば弁当」を発見。

 残り時間あと2時間。ここまでの駅弁160個。

 気がつくと、残り時間はあと2時間弱。そこでまた、停車時間作戦を決行することに。今度のターゲットは、4分停車の浜田駅。そして、目的の駅弁は、「さば寿し」。買いに行くのは、もちろん城島。

 下車した城島は、すんなり売店を発見。が、そこは売店というよりも、スーパー。だが、「さば寿し」は、売っていたので間違いではない様子。しかし、その「さば寿し」の箱も、どうみても、スーパーの魚を売っている容器。本当に、ここでいいのか?心配になり、店の人に確認をとる城島だが、やはりここで間違いなし。

 その頃、木原は、女の子に声をかけ、しっかり乗り換えの列車を確かめる。あとは城島を待つのみ。

 しかし、城島、どうにか列車に間に合い、作戦成功。

 西へ向かって移動中。残り時間あとわずかだが、城島は、車内で「山賊おむすび」をほうばる。

 その後、乗ってきた列車の終点益田駅で下車。そこで、早速、売店を探すことに。しかし、ここ益田駅唯一の売店はすでに閉店したあと。ならば、別の駅に移動するかと考え、時刻表を見てみるが、西へ向かう列車は、19:58までなく、これでは、車中でタイムリミットを迎えてしまう。八方塞がりになってしまった2人。

 しかし、駅員さんによると、この辺りで駅弁をおろしている業者さんが近くにあるという。そこで2人は、雨の中を、駅弁業者を求め探し歩く。時間はもうない、タイムリミットまであと20分。

 夜の町に、一点の明かりを発見。駅弁業者を見つけた2人は、お店の人によると、明日の仕込みをしている最中なので、少しまってくれれば「かに寿し」なら、作れるとのこと。そこで、「かに寿し」の完成を待つことに。
 
 残り時間が少ないのとは、対照的に、ゆっくりとおばあちゃんが、卵焼きを焼いている。しかし、店の人が総動員で、調理してくれたおかげで、何とか「かに寿し」は完成し、あとはお金を払うのみ。ここでも財布を開けると、「モ〜、モ〜、モ〜」。

 そして、できたての「かに寿し」を、さあ、食べようとした瞬間…、『タイムアップ』。果たして、いくつ買えたのか?

結果
山陽 太一・長瀬ルート 181個
山陰 城島・木原ルート 166個

で、太一・長瀬チームの勝利。
両ルートの駅弁の合計 347個
ストリートミュージシャン 東京編

 音楽の原点に立ちかえり、名もなきストリートミュージシャンとして夜の街で歌う、城島、太一、達也の3人。

 彼らの目的は、自分たちの稼いだお金でインディーズのCDを製作すること。

 インディーズのCDを作るためには、無駄を省き、あらゆるコストダウンを行って算出された、一枚のCDを作るのに最も安い金額、「3万310円」が必要。

 そこで3人は、この金額を稼ぎ出すために、福岡・横浜と2つの都市でストリートライブを行った。

 しかし、福岡で、稼いだ金額は4,600円。続く横浜では5,250円を稼ぎ出すのみに終わる。目標のCD制作に必要な3万310円へは、程遠い。

 TOKIOなのだから、すぐにこれぐらいは稼げるだろうと思っているあなた、それは間違っている。なぜなら、これは、あくまでも、「路上のアーティスト」としての挑戦なのだ。

 つまり、TOKIOであることがばれてしまったら、即座に撤収しなければならない。


 そして今回の舞台は、眠らない街「大都会東京」。CD制作に必要な金額まであと2万460円。果して、目標金額に到達できるのか?

 午後11時、まず三人が向かったのは新宿、歌舞伎町。この街は「不夜城」と呼ばれ、一晩中人通りが絶えることはなく、危険な香りが漂う。しかし、その反面、稼ぎの予感も大きい。

 早速、この歌舞伎町の中でも、特に人の多いコマ劇場前の広場に現れた三人。

 まずは「白い雲のように」で今夜の演奏スタート。しかし、歌舞伎町独特の熱い雰囲気に、あっという間に飲み込まれてしまう。

 その後、何曲かを熱唱するが、一向に彼らの歌に足を止める人はいない。頭を抱える3人。

 一方、背後には、大勢の人だかりが。気になって後ろを振り返って見ると、そこでは、ストリートミュージシャンならぬ、ストリートファイト(ボクシングショー)が行われていた。

 今までの街では、見られなかったようなものが、思わぬ強敵となるこの街、さすが東京。

 そこで、今度は、福岡で好評だった「とんぼ」を歌うことに。しかし、この曲でも、東京の人々の足を止めることができない。

 すると、今度は、外国人が通りかかった。そこで、3人は、すかさず、この歌を歌う。その曲とは…、「STAND BY ME」。

 が、あっけなく通過。すると城島は、この反省。「発音が悪かった」。

 と、そこへ一人の若者が登場。ついに今日初めてのお客か?と胸を膨らませる3人に悲しいこの一言、「TOKIOさんじゃないですか?」

 あっけなく正体が発覚。新宿での稼ぎは2時間歌って0円のまま撤収。

  新宿での稼ぎ0円

 新宿を離れた3人は、稼ぎを増やすため、二手に分かれることに。


 そして、城島が向かったのは「大人の街」銀座。ここでは、不況を知らないおじさん達の大きな財布がターゲット。

 早速、ホステス風の女性と、紳士のカップル、接近!

 すかさず城島が選んだのは、街の情緒一杯のこの歌「銀座の恋の物語」。が、仲むつまじい男女の耳には届かず、あっさり通過。

 めげない城島。お次は、この曲、「酒と泪と男と女」。しかし、立ち止まる人無し…残念ながら、30分粘るも稼ぎはゼロ。


 一方、太一と達也は、無国籍な街、六本木。新宿とはひと味違った、インターナショナルな危険と、大きな稼ぎの予感に胸が膨らむ。

 すでに、ブラザー風の男が二人…どうやら、敵意はなさそうだが、何事もなくすんで欲しい…唄い終わって、拍手、ホッと一息、太一。しかし、「モウ、一曲!」。さらに、一曲歌って、拍手、ホッとする達也に…「モウ一曲!」勘弁してくれ〜


 その頃、銀座の城島の所に1人の酔っ払ったサラリーマン。やっとつかんだお客、しかしこんなリクエスト。吉永小百合の「寒い朝」(昭和36年)。

 あまりに、渋いその選曲に、ぶあつい歌本も対応できなかった。そこで、変わりに、考えた選曲「贈る言葉」ナイスな選曲に、お父さん拍手。さらに、父さんの財布から、待望の今夜の初稼ぎ、1000円!

 お父さん、今度は城島に、このリクエスト。「オリジナルはないのか、オリジナルやれ」なかなか、見かけによらず、音楽にうるさいようだ。気合いを入れて唄った「RAIN」(オリジナル曲)しかし…、おじさんは一言、「詞がよくわからない」。苦笑いの城島。

 ならば、あの福岡の朝、偶然生まれたこの歌で勝負。「今日もいい一日…」(作詞/作曲 城島茂)。果たして、お父さんの感想は、「いいじゃーん」。 嬉しい一言、プラスの稼ぎ1,000円也。


 その後、このおじさんが勢いをつけたのか、城島は続けざまにお客を集め、順調に稼ぎを伸ばし、ついに銀座では6,510円、CD制作まであと1万3950円までにこぎつけた。

 銀座での稼ぎ6,510円

 さて、六本木の太一と達也は、ようやくブラザーも去り、新しいお客さんがやってきた。しかし、今度のお客さんも…、またまた外国人。

 日本語も堪能な、このおばさん「イマ不景気ネ」。稼ぎを心配させる言葉に、負けず、熱く唄う「Tears in heaven」

 すると、おばさんから、不景気に負けない、心のこもった1000円。うれしい太一と達也は、オリジナル曲でこれに答えるその曲とは、達也のオリジナル、「日本人」。

 盛り上がる太一、達也のところに、次々と訪れるお客そして稼ぎ出した、9,870円。

目標金額まであと4,080円と一気に夢が現実に近くなる東京の夜。

  
 一方、銀座で後半稼ぎを伸ばし、気を良くした城島は、午前3時30分、上野に移動。

 まずは上野といったら忘れてならないこの曲でスタート、「津軽海峡冬景色」。しかし人通りが少なく、たまに通る人々も振り向く気配はなし。城島「ああ、心も冬景色」。

 そこで今度は、曲調を変え、尾崎豊の切ない歌で、始発電車も動き出した早朝の上野駅を包む。すると…、何やら訳ありげなカップルが城島に近づいてきた。聞けばふたりは東京と青森で遠距離恋愛中とのこと。しかも、彼女はまもなく青森へ帰るため離れ離れになってしまうという。

 そんなふたりのために、ストリートミュージシャン城島は、「夜明けのブレス」を心を込めて歌う。この歌を、思い出に、次に会う時まで離ればなれになるカップル。いただいた、千円は、ズシリと重かった。

 夜も明けたころ太一、達也が合流。互いに結果を報告しながら稼いだお金を数えてみると…。

 本日の稼ぎは三人合わせて2万400円。そして、これまでの金額と合計すると3万250円。つまり、目標金額まであと、なんと60円。

 しかし、時刻はすでに朝6時。ゴール目前に完全に朝を迎えてしまうのか? 必死に歌う3人。

 しかし、朝の通勤時間となり、行き交う人は、皆、急ぎ気味。「六十円は厳しい…」

 道行く人に唄いかける作戦も、効果無し。もはや限界、声も出ない…と、その時、
通りすがりの出勤前のお父さんが、3人のギターケースに何かを投げ込んだ。それは…、100円。

 目標金額達成!!

 締めくくりに唄うのは博多、横浜ストリートミュージシャンでは、まだ詞の無かった、太一オリジナルのメロディ。もちろん、今回は詞も完成した、フルバージョン。

 3ヶ月にも及んだ、ストリートミュージシャン。博多では、地元ストリートミュージシャン達、熱い魂に圧倒され、悔しさを味わった。しかし、その思いを胸に、ハードな過密スケジュールの中で、練習を重ね、曲を作り上げていった三カ月。

 二月の、横浜では、道行く人からの嬉しい拍手。そして、東京、辛かった日々が実を結んだ大きな稼ぎと、オリジナル曲の完成。

 次は、この稼いだお金で、いよいよレコーディング! はたして上手くいくのか?