本マグロを釣り上げるという険しい道のり、それには3つの条件が必要となる。 『自分の船を持つこと』 海の上では唯一の足場になるとともに、船の死は自らの死を意味する。
いわば一心同体の相棒。 『船舶免許を取得すること』 小型操縦士船舶免許。 車と同じように、船を操るためにはクリアしなければならない資格。 『技術を身に付けること』
一本釣りの漁法は針と糸だけで釣り上げるというシンプルなもの。 しかし、その道具に集約された仕掛けは漁師個人個人の秘伝のもの。 これらの条件を満たさないことには夢の本マグロは釣ることは出来ないのだ。 「船っていくらくらいするのかな〜?」
長瀬は車を走らせ、まず相棒となる船を探しに行くことから始めた。 海沿いには陸に上げられた新しい船が。 改めて漁船を見てみるとその大きさに興奮!
思わず吸い寄せられるように歩み寄る。 「これいくらくらいするんですか?」 そばにいたおじさんに質問してみたのだが・・・ おじさん「1000万ちょっとかなー。」
長瀬「1000万!?」 車とは大きさが違えば値段もが違う。 驚きを隠せない長瀬だが、まだ知りたいことはたくさんあった。 船に乗り込んでみる。
そこには見たことのない機材がそろい、興味をそそる。 長瀬「エンジンだけでいくらくらいするんですか?」 おじさん「1300万くらいかな」
合計2300万円!!これではさすがに手が出ない。 早くも本マグロを釣る夢、断念か? しかし、この船は新品。安い船も探せばきっとあるはず。
長瀬「一番安いのでいくらくらいするんですか?」 おじさん「タダだよ。廃船だね。」 キーワードとなりそうな『廃船』。 今から約30年前、船の素材は木からFRPに移行した。
FRPとは繊維強化プラスチックのこと。 頑丈で軽い素材は重宝され、あっという間にほとんどの船が FRP船になっていった。 しかし、そのFRPの寿命は30年くらいで、
ちょうど今、初期に作られたFRP船が限界に来ているという。 ということは、今は廃船を探しやすい時期であるということ。 その廃船は思わぬところにあった。
長瀬「これ廃船ですよね。」 新品の船の目の前に転がる、朽ちた小さな船。 これに乗ることが出来るのなら・・・、と 長瀬「これでマグロ釣れないですかね?」
おじさん「何寝ぼけたこと言ってんだ?」 船にもいろいろなタイプが存在し、穏やかな波の海なら小さくても良いが、 マグロ漁のような荒波の海ではしっかりした船でないといけない。
そのために最低限必要な大きさは5t。 長瀬「金も技術もないけど、気持ちだけはあるんですよ。」 とは言ってみたものの、5tクラスの廃船はあるのだろうか? 再び車を走らせ、廃船探しに出る。
だが、使ってそうな船や、5tに満たない小さな船しか見当たらない。 難航する廃船探し。 と、珍しい物を発見! 長瀬「あ、びっくりマークだ!」
偶然見つけた警戒標識。 何かいいことありそうな予感・・・。 そんな警戒標識近くの場所で港を見つけた長瀬。 漁協の方に話を聞いてみることに。
長瀬「あの、使われなくなってしまった廃船を探しているんですけど・・・」 職員「ちょっと見てみますか?」 この港に廃船があるのか? 淡い期待を胸に、港を見てまわる。
マグロを釣るにふさわしい大きさの船が見つかればいいが・・・。 漁港の片隅、古い小屋の奥に転がる汚れた船があった。 一目でしばらく誰も乗っていなさそうな気配を感じ取れるほど朽ちた印象の船。
大きさは十分ありそうなのだが、この船は使い物になるのだろうか・・・。 船体の横の部分はかけてしまい、エンジンもついていない。 船を操る操縦席も壊れている。
主を失い、誰も気にとめなくなってしまった船だが、長瀬は目を輝かせた。 長瀬「名前は何だろう・・・。」 泥まみれで見えなくなった名前。
長瀬「『つ』『れ』『た』『か』・・・。『つれたか丸』?!どういう意味だろ・・・。」 少しの間長瀬は考え込んだ。 この船でマグロを釣りあげる、そんな自分を想像したのだろうか。
長瀬「名前見てグッと来るものあるね。」 しかもこの船、これからも放置されているだけだろうから、 タダでいただけるらしい。 長瀬「見た瞬間ぴんと来たもんなー。でも、直せば走るんだったら直しがいがありそうだよね。」
本マグロを釣るための一つ目の条件、船を手に入れることが出来た。 しかし、これから壊れてしまった部分を自らの手で直してゆかねばならない。 船を手に入れたものの、修理をする技術がない長瀬。
漁協の方にいい人がいる、とを紹介してもらった。 しばらくして港に駆けつけてくれた青いつなぎを着た男性、安藤政孝さん。 安藤さんはこれまで船大工として数千隻の船を甦らせてきた修理の達人。
安藤さん「修理するの?」 と、おもむろにつれたか丸のある部分に目をつけた。 ある場所とは船底の中央に伸びる背骨の部分。 船が甦るか、使えないか、ここにかかっているらしい。 この部分はキールと呼ばれ、船の強度を保つ最も重要な部分。
ここがダメなら、荒波の中で船が真っ二つに折れてしまう危険性があり、 船としては使えない。 小屋の横に置かれた状態では直せない。
数メートル先の上架場までクレーンで吊り上げることにした。 長瀬も作業着に腕を通し、いよいよ船を甦らせる作業が始まる。 黄色い帯を船底に通し、船を丸ごと吊り上げる。
しかし、ここでハプニングが発生! 何かがきしむような、大きな音がする。 長瀬「かわいそう、痛そう・・・」 黄色い帯で巻いた船体の下にある出っ張りが、
重さに耐え切れず破損してしまったのだ。 それでも、上架場まで船を運び、船を固定。 修理をするための準備が整った。 一段落した作業、船の横でにぎりめしを食べながら、
安藤さんからアドバイスを受ける。 安藤さん「一人で海に出るんでしょ。海じゃぁ誰も助けてくれない。ちゃんと直して置けばよかったなって後悔しても遅いんだよ。」
命をかけたマグロ漁。 船の修理の段階から、自分との戦いは始まっているということを肝に銘じた。 まずは水圧で船体の泥を落とすことから始めた。
こうしただけでも汚れが落ち、見る見るうちに白さを取り戻してきた。 船体についたフジツボ。これもきれいに取り除かなければならない。 船体にこびりついたフジツボは海の上を走る時抵抗になり、
船のスピードを落とす原因になる。 まだまだ数時間の作業なのだが、 長瀬「愛着湧いてきた。」 と、少しずつだが手ごたえを感じているようだ。 さて、問題のキールなのだが生きているのだろうか?
安藤さん、念入りに打診し、使えるかどうかを判断するようだ。 その結果・・・ 安藤さん「しっかりしているから。ラッキーだったね。」 まだまだ、修理しても十分走れる船のようだ。
嬉しい安藤さんの返答に長瀬、胸をなでおろす。 しかし、もう一箇所気になるのは、先程クレーンで吊った時の割れたところ。 ここはビルジキールと呼ばれ、船の横揺れを緩和するための出っ張り。
ビルジキールがないと、船の横揺れが激しくなり、転覆の恐れも考えられる。 この部分も船には欠かせないところだ。 割れてしまったビルジキールは一度きれいに取り外し、
新たに付け直すことにした。 まるで歯医者で歯を削るように、激しい音をたて、一旦きれいに削りとる。 削ったFRPの粉塵を浴び、粉まみれになりながらも作業は続いた。
時間を忘れ、修理に没頭する。 しかし、そんな時間はあっという間に過ぎ、すっかり日が暮れてしまった。 長瀬は誓う。 「ちょっとボロっちいけど直しますか。」
その顔は少し海の男になっていた。 本マグロを釣るための長い挑戦は、今始まったばかり。 |