2013年11月3日 放送内容DASH島 1時間スペシャル

この日、太一と松岡は、島の北側の斜面。
太一「(ここは)粘土層じゃないのかな?」
探しているのは、基地となる舟屋の屋根の瓦葺きに欠かせない土。
屋根の下地、野地板の上に敷くと接着剤代わりとなる。
江戸時代まで主流だったという“土葺き"は、土の粘着力だけで瓦を留める葺き方。
そして、この島の神社の社(やしろ)に、その良い見本があった。
実際に社の屋根の瓦葺きに使われていた土を触ってみると、それは粘土質な土だった。
そこで、北側の斜面を太一と松岡、過酷な山の斜面は城島、砂浜周辺を達也と長瀬が、それぞれ3班に分かれ、土探しを続けていた。
達也と長瀬は砂浜から森の中へ、そこで見つけたのは民家跡。
そこには、たくさんの瓦が散乱していた。
長瀬「この辺にもっと建物があったのかな」
同じ頃、そのさらに山の上をたった一人で、粘土質の土を探しながら登るのは城島。
しばらく行くと、今まで登ったことのある最高地点に到達。
城島「そうそう、ここまでレールが続いてたんやな」
そして、その先には、今年の冬に見つけた農業用の運搬機らしきマシン。
しかも、少々の手入れでエンジンがかかった。
これまで、和歌山県の山あいの梅畑では、収穫した大量の梅をこんな運搬機を使って、麓の小屋まで運んだ。他にも、ワサビやみかんなど、斜面を利用した畑で活躍する姿を見て来た。つまり、
城島「何か作物を育ててたのかな」
ならば、その土を確かめねば。
日本中の土を見てきた城島、ここの土は屋根葺きに使えそうか?
城島「粘り気はあるけど、ちょっと違う…」
神社の土のように固まりはするが、混じり気が多く、粘りも弱い。
まだ斜面に土はあるが、ここは急斜面、その先は崖だった危険な場所。
そこで、さらに上へ登ること標高120m地点…と!
城島「レンガ造りの小屋(廃屋)があるやん!大発見」
その頃、長瀬と達也も何かを発見していた。
長瀬「ここ沢っぽいじゃん」
二人が見つけたのは、斜面に挟まれた溝の部分。
どうやら、雨が降った時にだけ、この溝に川(沢)ができるようだ。
達也「粘土あるんじゃない」
そう、探している粘土質の土は、川沿いなどの流れが緩い場所に堆積しやすい。
そして、その先には溝が一気に広がったようになった場所が。
雨が降り水が大量に流れたとき、滝壺のようになっているのか。
そうなら、雨で流された粘土が溜まっていてもおかしくはない。
達也「(土を触って)結構、粘りあるぞ」
だが若干、砂の混じり気があり、これでは納得できない。
より質のいい粘土を求め、さらに沢の跡をたどる。
一方、山奥で新たな廃屋を見つけた城島。
廃屋の側にあったのは、レールと並んで設置された石造りの台。
城島「炊事場?水を溜めて何かを洗ってたのか」
城島の予想は、とある農家で見たことのある洗い場。
収穫した作物をここで洗って、レールで出荷していたのか。
そして、これまでそんな廃屋を見つけるたびに、トロッコで重い石を運ぶ時に重宝した謎の木箱や、銛のような漁具など、活用できる物を色々発見してきた。
今回もそんな開拓の助けになるものはないかと、廃屋の中を物色していると、農作業に使う道具の数々の中に、『家の光』という名前の雑誌を発見。
大正時代創刊の主婦向け雑誌らしいが、おもむろに開いてみると、
城島「チャック・ウィルソンさん!?」
まさか、当時の広告に、あの外国人タレントの若き日の姿が?
その頃、北の斜面の土を調査する太一と松岡は、
松岡「柑橘系の葉っぱだよ」
農業暦13年の目は、見逃さなかった!
その木には、6cm程のすだちのような柑橘系の実が生っていた。
これまでの状況から考えると、かつての島民は、海に囲まれたこの島で、厳しい環境の中、柑橘類を育て、うれしい実りを収穫し、それを元に生計を立てていた…。
つまり、斜面の石垣全てが柑橘類の畑だったということか?
しかし、ここの木は数本を残して他は枯れた状態。
太一「(森の)手入れが必要なのかな」
確かに、今まで全国で見て来た、みかんや柑橘類の畑の周りには、一切、太陽の光を遮るものはなく、たっぷりと光合成を行える環境。
しかし、DASH島のこの森は、無人島となった40年の間に、木が鬱そうと生い茂り、背の低い柑橘類には、陽が当たりにくい。
しかも、見つけた木はツルに巻きつかれ、養分も吸い取られていた。
松岡「手入れすれば恵みをくれるかも」
その頃、混じり気のない粘土を求め、沢の跡をたどる達也と長瀬。
と、光が漏れる方向に進んで行くと、そこは高さ30mの崖の上!
ここで行き止まり…ということは、つまり、
長瀬「ここが流れの元(一番上)でしょ」
この辺りに溜まった雨水が、沢を伝い山の下へ流れているのか。
では、さっそくその土を確認。
達也「キメが細かいね。しっとりして粘りもある」
掘った時に堅さもあった、神社の土にも似て申し分ない土。
では、それぞれで発見した土の成果を報告。
城島の山の中腹の土、太一と松岡の柑橘類の畑の土、そして、達也と長瀬の沢の土、適しているのはどれか。
松岡「やっぱりこれが一番粘土だね」
城島「そっちの方がいいね、うん」

土を知る5人にとっては一目瞭然だった。
選んだのは、満場一致で達也と長瀬が見つけた、沢の上流にあった土。
こうして、舟屋の屋根に載せる土は決まった。
あとはその上に葺く瓦を島中からかき集めねば。
まず動き出したのは、城島と松岡。
落ちた瓦を集めるため、森の中へ。
松岡「瓦って結構もろくならずに保つんだね」
調べてみれば、奈良の元興寺(がんごうじ)の本堂の屋根には、およそ1400年前、粘土を焼いて作られた日本最古の瓦が今も健在。
島で見つけたものも、叩いた音の響きから、おそらく同じ粘土瓦。
ならば耐久性も心配ないはず。
しかし、二人は、尾谷棟梁の言葉が引っかかっていた。
尾谷さん「(舟屋の屋根に)必要な瓦はざっと1000枚」
考えるだけでも気の遠くなる数だが、地道に集めるしかない。
石を運んだ時に重宝した木箱にあるだけ積んでいく。
廃屋の屋根が崩れたままなのか、折り重なって並んだ瓦。
その中には、円錐形の変わった形も。
松岡「屋根の角とかてっぺんの部分に使う瓦だね」
時代劇で、瓦屋根の上を歩いてきた男の言葉には妙な説得力がある。
ここでは、模様や柄の彫り込まれた瓦も含め、139枚。
さらに、当時の生活の様子を色濃く残す民家跡には、割れずに積み重なって在る多くの瓦が。
松岡「ここ(民家跡)から色んな情報を仕入れたね、脱帽だよ」
と、瓦を集めていると、干からびたヘビの死骸を発見。
松岡「マムシかな?」
生きたヤツが近くにいたら、今後うかつに作業もできなくなるが、とにかく必要な数の半分ほどの瓦を集めることができた。
6箱128枚をひとまず、トロッコで300m先の港跡へ。
しかし、港跡まであと130mの地点、そこは、今まで何度もつまづいたトロッコ最後の難所。
勾配15度、長さ10mの急斜面。
貴重な瓦を割ることなく、無事に運ぶことができるか。
と、自信満々に城島が繰り出したのが、14年前に初めて披露した“シゲちゃんマンカーブ"の進化版、
城島「シゲちゃんマン・ストッパぁーっ!!」
イマイチその効果は分からないが、雄叫びとともに木箱に足をかけ、確かにトロッコは減速し、瓦も無事だったので結果オーライ。
そして、波の穏やかなこの日は砂浜上の森の中で瓦集め。
そこは、土探しの途中で、達也と長瀬が見つけた場所。
柱の木が腐ったのか、小屋が完全に崩れ落ちている廃屋。
使えそうな瓦はいくつか残っていたが、その中に何やら模様の入った瓦が。
城島「柄の入ったオシャレな瓦だね」
あとで調べてみれば柄ではなく、“櫛目(くしめ)"という滑り止め。
そこに、接着剤代わりの土が密着する、舟屋の瓦にはピッタリの印。
すると、達也が瓦の間に見つけたのは、中身のいないカメの甲羅。
達也「(身が)跡形もないから(死んだの)相当前だね」
島のカメといえば、山の井戸らしき場所で見つけたクサガメ。
同じ種類なら甲羅の大きさからすると、推定2~3歳か。
さらに、その隣りには鳥と思われる骨も。と、
達也「あ!ネズミ、ネズミ!」
男たちの足下を駆けるネズミ…が、その素早さでカメラが追えない。
どうやら、都会に住むドブネズミとは違うやつらしい。
目撃した達也たちの証言をまとめると、体長はおよそ10cm、黄緑色の淡い毛色、目立つヒゲ、そして意外とかわいいらしい。
そこで、あとで日本に生息する、40種類近いネズミの特徴と比較した結果、野ネズミの代表格、アカネズミの可能性が高いと、目撃したスタッフも含め、全員の意見が一致した。
太一「ネズミがいるってことは(捕食する)大きな動物もいるぜ」
ひとまず、ここから櫛目入りなど瓦188枚を調達。
だが、まだまだ仕事はある。
達也と長瀬が見つけた沢の跡、この上流に良い土があった。
瓦を固定するのに、申し分ない粘土質ではあるが、ここから舟屋を建てる港跡まで、直線でも1km。
レールが敷かれていない場所のため、運ぶには舟でぐるっと、大回りするのが現実的な方法か。
しかも、屋根の土葺きに必要な土は、およそ2トン。
まず土を詰めた布袋を人力で、舟のある200m下の砂浜へ。
一袋約20kg、つまり、全部で100袋を運ぶ地道な力仕事。
集めた瓦と土を砂浜まで運べば、今度はこれを舟で港跡へ運搬。
しかし、その舟にも少々問題があった。
先日、島に吹く風を利用して、舟を進める事はできないものかと、島で材料をかき集め、手漕ぎの舟を帆船に改良。
なんとか風を受け、沖へと出たものの、岸から300mのところでマストが倒れ、失敗に終わった。だが、
達也「風も受けてたし、このまま(マストと帆)使おう」
愛着ある手作りのマストと帆、その最大の難点は?
太一「やっぱり原因は(帆の)重さでしょ?」
前回、マストを支える土台の部分は、角材を四角に組み、そこにマストを差し込んだが、帆とマストを合わせると、重さは推定60kg。
しかも、風を受けると、予想を越える力が掛かり、暴れる帆に土台が耐えきれず、壊れてしまった。そこで、
達也「(土台の穴を)マストのサイズ(太さ)に合わせよう」
イメージは、以前、達也が経験した沖縄伝統のサバニ舟。
そのマストを支える土台は、分厚い板を使い、帆が無駄に動かないように、しっかりと固定されていた。
さらに、島の舟では風の向きに合わせ、マストを回転させるのが、太一の役目だったが、コントロールするのは一苦労だった。
太一「(マストに)棒とか取り付けて、ぐーっと回せるといいのにね」
イメージは、江戸時代、ろくろを人力で回すときの横棒。
テコの力を利用し、マストにそんなハンドルとなる棒を取り付ければ、
軽量の太一でも、マストを回せるはず。
さっそく、達也と城島が舟屋で余った材木を、マストの太さに合わせた土台に加工する作業を開始。
一方、太一は砂浜で、マストのハンドルにする棒探し。
丈夫な上に、ある程度の長さも必要だが、軽くて握りやすそうな、丁度いい長さの竹を発見。
と、その足下にまさかのものが。
太一「ヤシ(の実)…?ヤシ、ヤシ!」
それは、ヤシの実らしき物体。
ヤシの実は、ハワイなど南の島で多く自生するココヤシの実。
中には甘いジュース、果肉は白く濃厚でココナッツミルクも作れる、まさにトロピカルな気分が味わえる、ご機嫌なフルーツ!
だが、これまでこの島でヤシの木は見たことがない、どこからか流れ着いたものなのか。
中身は入っているようだが、果たして食べられる代物か?
謎は深まるが、どちらにせよ割ってみなくてはわからない。
そこで、作業の途中ではあるが割って確認してみることに。
硬い繊維質な皮に覆われた実は、ナイフでもなかなか割れない。
だが、美味い部分は、その頑丈な皮の中にあるかもしれない。
と、中から水分が飛び出てきたが、
城島「う…鉄腕DASH史上、嗅いだ事のない臭さ」
そして、真っ二つに割れた実から放たれたのは、強烈な悪臭。
見た目も予想とはかけ離れた、どす黒い感じだが、
達也「この繊維を乾燥させれば舟の修理に使える」
食べられないことは確かだが、せっかくなので乾燥させて、舟の隙間を埋める補修材として活用することに。
思わぬ漂着物に時間を取られたが、帆の作業を急がねば。
マストを操作する竹は番線で何重にも固定し、新たな土台は、バランスを考え、穴が舟の中心になるように設置。
今度こそ、この土台がマストをがっちり支えてくれるはず。
そして、前回と見た目はほぼ同じだが、手作りのマストと帆に、新たな竹のハンドル。
全てを支える土台も強化し、生まれ変わった帆船が完成。
太一「超かっけー!」
さっそく、集めた瓦と土を積み込み、いざ出航。
舟屋を建てる港跡までは、島を南から回るか北から回るか。
距離はほぼ同じ、あとは沖へ出て風向きで決める事に。
沖からの向かい風も、竹のハンドルで帆を回し、風を逃がせば、舟をこいで進む事ができる。
後は沖までひたすらこいで、港に向かう風をつかまえる。
達也「よーし、風吹いてる、進んでる」
舟は漕がずとも、風の力だけでも進んだ。
そして、帆がつかまえたのは北に流れる風。
ならば、この風に乗って、北回りで港跡を目指す。
しかし、今度は、沖へと押し出されるような潮の流れで、みるみる島から1km近くも離れてしまった。
達也「ダメだ、漕ぐしかない」
結局、最後は人力で、まずは直線距離で500m。
潮の流れも穏やかな島影に入り、ようやく港跡もみえてきた。
しかし、そこでは、また新たなトラブルが…?どうなる?
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