完全犯罪!! 金曜日の銀行強盗
2001年4月、アメリカ・ペンシルベニア州。
この地域の森の中で地元の少年たちが大きなプラスチックのパイプを偶然見つける。
そしてその中にはなんと複数の拳銃が入っていた!
この発見が約30年間全米をほんろうした天才的犯罪者への手掛かりとなる。
"拳銃や暗号で書かれたメモの目的は?"
驚いた少年たちはこの事を通報した。
すぐに警察が駆けつけあたりを調べると、同じようなパイプから
さらに160件もの銀行のリストや暗号で書かれた周辺の地図、
監視記録に銃の手入れの仕方のメモなども見つかった。
アメリカではこの時期、テロ対する警戒が高まっている時期だった。
押収物はFBIに回されさらに細かい調査が進められた。
拳銃のシリアルナンバーが消されているなど素人とは思えない手口に
巨大なテロリスト集団が危険な企てを考えている危険性も考えられた。
そんな中、押収物のひとつに銀行周辺とはまた別の地図を発見した捜査官は
暗号を解読しながらその場所を突き止め、現地の森へ向かった。
そして周辺を調べると、また同じようにプラスチック製のパイプを発見する。
その中には大量のマスクが入れられていた。
次々と見つかるパイプ。
その中には数学の微分積分の本やノート、乱数表ファイル。さらにそのファイルには
生存率、危険率の走り書きがされてあった。
この不可解な隠し物、持ち主はいったい何者なのか?
"ある連続強盗事件が浮かび上がる"
さらに調査を進めると、押収物の銀行のリストの内、いくつかの銀行は
銀行強盗に襲われた過去がある事が判明する。
この結果からある連続銀行強盗事件が浮かび上がった。
その事件とは「フライデーナイト銀行強盗」
それは1973年から29年もの間、アメリカ東海岸の銀行を襲い続けた連続銀行強盗。
犯行が金曜日の閉店間際に行われることからこの名前が付いた。
最初の犯行が行われたのはノースカロライナ州の銀行。
金曜日、閉店間際にダボダボ服姿のマスクをかぶった男が突然押し寄せ、拳銃で行員を脅し
持ち合わせたカバンにお金を入れさせあっという間に去って行った。
それは1分半ほどのわずかな時間。警察が到着したころには犯人の姿はない。
同じように別の州の銀行でも金曜日の閉店間際を狙って強盗を繰り返す犯人。
またもやわずかな時間で目的を遂げた犯人は忽然と姿を消した。
この銀行強盗の特徴は逃げる姿を誰にも見られず、忽然と姿を消してしまう点。
その後の捜査でも目撃者の証言すら出てこない。
こうして29年もの間捕まることのなかったフライデーナイト銀行強盗。
一体犯人は何者なのか?
"犯人は名門大学の学生だった"
超名門ペンシルベニア大学に通う大学生、カール・グゲイジャンは家庭が貧しく、
15歳のころに窃盗の罪で更生施設に送られた過去があった。
「一度犯罪歴が付いたらちゃんとした仕事に就くことは出来ないだろう。」
厚生施設で言われたこの言葉がグゲイジャンの心に深く刻まれていた。
グゲイジャンは高校を卒業後、軍隊に入隊。
そこで様々なサバイバル術や自己防衛術の訓練を受けた。
その後、元々頭がよかったグゲイジャンは必死で勉強し、難関のペンシルベニア大学に合格。
そこで彼を夢中にさせたのが「統計学」だった。
しかし、どんなに優秀でも前科のある自分は出世できない。
いつもそんなコンプレックスを抱いていた。
そんな時に目にしたのが8万ドルもの大金を盗んだ銀行強盗の記事。
この記事を見てグゲイジャンは思った。
「こんなの、確率を計算すればもっと効率よくやれるんじゃないのか?」
これこそ前科のある自分が自身の能力を存分に発揮できる場ではないか?
銀行強盗は統計学、「確率」で成功する。
グゲイジャンはそんな思いが湧きあがり、どうしても試したくなった。
「フライデーナイト銀行強盗」誕生の瞬間だった。
"統計学を使った緻密な犯行計画"
グゲイジャンはまず過去の銀行強盗の事例を徹底的に調べ、
統計学を駆使して捕まらない方法を考え出した。
まず大事なのが銀行の立地。
近くに森がある郊外の銀行を狙うのがベストだと考えた。
なぜなら警察が駆けつけるまでに時間がかかる上に
これまでの事例から車で逃げると考える警察の裏をかいて森を走って逃げる方が
成功する確率が高いため。
銀行を絞り込むと、行員の動きや客の多さ、
さらに金の動きなど開店前から閉店まで数日間にわたって調べた。
その結果、金曜日の閉店直前が最も客が少なく銀行にある現金が多い事がわかった。
狙うのは金曜日の閉店間際。
さらにこの時間に日が暮れる冬場に犯行を行う事を決めた。
何日もかけて調べ上げた膨大な資料。
目撃者に正確な証言をさせないよう特徴のあるマスクをかぶることにした。
ダボダボの服装を選び、動き回ることで体型をわかりにくくする。
こういった準備と調査と予行演習にとてつもない時間をかけた。
グゲイジャンこと「フライデーナイト銀行強盗」はこうやって
銀行強盗を決行していたのだ。
警察が逃走車の目撃情報を探している間、グゲイジャンは真っ暗な森の中を走っていた。
7、8キロ走り、マウンテンバイクに乗り換えさらに遠くへ。
数キロ走り、停めてあった車に現金を積んで一気に逃走。
高速道路に乗り州を越えれば管轄も変わり疑われることはまずない。
グゲイジャンはケガ人を出さない自身の芸術的な犯行に酔いしれた。
"膨大な資料の行方"
一流になれないと言われた自分が一流の銀行強盗になった。
そう思ったグゲイジャンだったが一つ問題が起こった。
それはこれまで徹底的にリサーチし膨大な量になった資料の数々。
万が一、警察が自宅に来た場合隠しきれないと考えたグゲイジャンは
資料の他に使用した拳銃やマスクをプラスチックのパイプに詰め森の中に隠した。
練りに練った計画で誰も傷つけず現金を奪うという手口に酔いしれるグゲイジャン。
州をまたいで発生する強盗事件に警察も連携が取れず捜査は難航。
当初は同一犯とも考えられていなかった。
そしてグゲイジャンは警察をあざ笑うかのように強盗計画を成功させていく。
しかし膨大な資料を隠した秘密の倉庫は強盗を重ねるたびに増え、
のちに自身の命取りとなっていく。
"FBIの調査が進められる"
FBIはこれまでにも「フライデーナイト銀行強盗」の調査を行っていたが
どれだけ犯行を予測し準備してもそれをあざ笑うかのように計画を成功させていく
グゲイジャンの緻密な犯行にお手上げ状態だった。
完全犯罪として迷宮入りになりかけたこの事件。
しかし2001年。グゲイジャンが隠した資料の数々は
地元の少年たちによって偶然見つかってしまう。
FBIもこの資料が「フライデーナイト銀行強盗」のものだと特定し
未解決事件の大きな手がかりとして更なる調査に乗り出す。
FBIのレイモンド・カー捜査官はこれまでの手口や監視カメラの映像から
頭脳明晰、サバイバル術の訓練経験があり、一人で行う仕事をしているなど
容疑者をプロファイリング。これはグゲイジャンの特徴そのものだった。
しかしいくら特定できてもそれを知る者が見つからない。
53歳となったグゲイジャンは銀行を襲い続ける一方で統計学の研究者となり
強盗した金で暮らし、博士号も取得していた。
そして今でも独身で過ごし、次の強盗計画に向けて日々訓練を続けていた。
"ついに容疑者を突き止める"
押収物の中からあるビデオテープが見つかる。
そこには空手の映像が収められていた。
この事からFBIは近隣の空手道場を片っ端から調査。
そこで一人の男性からプロファイリングにピッタリの男がいるという
証言を得ることが出来た。
ようやくFBIはグゲイジャンを容疑者として絞り込むことに成功する。
グゲイジャンが前科者だったことから残っていた指紋のデータと
押収物の指紋を照合すると見事に一致。
FBIはグゲイジャンを犯人と特定し、ついに2002年連続銀行強盗容疑で逮捕した。
"決め手は被害者の心の傷だった"
しかしこれだけではまだ状況証拠に過ぎない。
グゲイジャンはこの事態も想定していたのか、自身の罪を認めなかった。
そこでカー捜査官はグゲイジャンにこの銀行強盗事件についてどう思うか質問した。
グゲイジャンは誰も傷つけない、緻密に計画された一流の犯行だと答えた。
まるで自分の犯行に誇りを持ち陶酔しきっているようだった。
カー捜査官は思った。この事件によって傷ついた人はたくさんいる。
襲われた銀行員や犯行に居合わせた一般客。時間が経っても被害者たちの心の傷は大きい。
自白に追い込むにはこの事をグゲイジャンに知らしめないといけない。
カー捜査官は間もなく始まった裁判で被害者を呼び証言させた。
トラウマで今でも銀行に入れないことや精神が不安定になったという
被害者の証言は、これまで誰一人傷つけていない完ぺきな犯行だと思っていた
グゲイジャンの誇りを一瞬で砕いた。
そしてグゲイジャンは自らの罪を認めた。
FBIはこれまでの犯行を全て自白することと、強盗のノウハウを教えることを条件に
大幅に減刑する司法取引を持ちかけた。
取引に応じたグゲイジャンはこれまでの犯行を全て自白。
30年間に50件の犯行を行い、2億円以上の現金を奪っていたことが判明した。
これはFBIが認識していた件数よりもはるかに多い数だった。
そして、司法取引により禁錮115年から17年半に大幅に減刑された。
グゲイジャンは現在67歳。2017年に出所予定となっている。
彼は今、刑務所で勉強する機会のなかった囚人たちに数学を教えているという。