完全犯罪を崩した小さな生物
2003年7月6日、アメリカ・カリフォルニア州、ベイカーズフィールド。
この日は日曜日。ある一家が教会のミサに参加していた。
母のジョニー・ハーパーと幼い3人の子ども達、そして祖母のアーネストの5人。
一緒にミサに参加していた友人のケルシー・スパンは夜のミサにも参加するという
一家の言葉を聞いてそれぞれの自宅へ帰って行った。
これが一家を見る最後になってしまう。
"幼い子どもを含めた一家5人が殺された。"
その夜、ケルシーは夜のミサに参加する為教会を訪れた。
しかしハーパー一家の姿はそこにはなかった。夜のミサにも参加すると言っていたのに。
その後電話をしても繋がらない。異変を感じたケルシーは、翌々日の8日に
ハーパー一家の家を訪れることにした。
ノックをしても応答がない。
家の裏へ回ると一か所だけ鍵が開いていた。ケルシーが中へ入ると
変わり果てた一家の姿がそこにはあった。
これによって一家5人が殺害されるという残忍な事件が発覚した。
警察の調べでは殺害時刻は7月6日の16時ごろとされた。
家は荒らされていたが金目のものは奪われていないことや玄関が壊されていない事、
現場で見つかったゴム手袋を鑑識に回した結果、別居中の夫である
ビンセント・ブラザーズが容疑者として捜査線上にあがった。
ビンセントは学校の教頭を務める教育者ではあるが
家庭内で暴力をふるう事もあり、さらに同じ学校の事務員と不倫関係にあったという
情報も判明した。
"容疑者である夫にはアリバイがあった。"
警察はすぐさまビンセントの行方を調査した。
しかしビンセントは現在夏休みで実家のあるノースカロライナ州にいるという。
ノースカロライナと事件のあったカリフォルニア州はアメリカの西部と東部。
距離にして約4000kmも離れている。
7月9日、警察は連絡の取れたビンセントとノースカロライナ州で事情聴取を行った。
ビンセントは7月2日に夏休みを取り、西部のカリフォルニア州から飛行機で兄の家がある
東部のオハイオ州へ行き、そこで8日まで過ごしたのち、8日の夜ノースカロライナ州の
実家へ向かったという。
ビンセントは事件が起こった6日に兄の家の近くの店で自身のクレジットカードを使い
買い物をしたというレシートを提出。これには警察もお手上げだった。
"容疑者である夫にはアリバイがあった。"
一見完全犯罪と思われた一家惨殺事件。
しかし警察も負けてはいない。まず警察はビンセントと不倫関係にあった
学校の事務員の女性と接触。
ビンセントは離婚したがっていたが、今の家族と別れたら養育費を払わないといけない、
それが嫌だと言っていたという証言を取り付けた。
ビンセントに殺害動機がある事は間違いなかった。
ここで新たな情報が入った。オハイオで買い物をしていたのは兄だという事が判明したのだ。
購入時間に店の防犯カメラに映っていたのはたしかに兄だった。
オハイオにいるビンセントの兄に詳しい話を聞くと、
ビンセントにカードを渡され、6日にこのカードで
買い物をしてほしいと頼まれ、それに従ったという。
さらに事情を聴くと、ビンセントは7月4日の夜から7日の夜10時ごろまで姿を
消したという証言が得られた。明らかに買い物は偽装工作であり、これでアリバイが崩れる。
大事なのはその姿を消した間にカリフォルニアに来たという証拠を探す事だった。
カリフォルニアからオハイオまでの距離はおよそ6500km。
あらゆる交通機関を探したがビンセントが乗ったという形跡はない。
そこで警察はオハイオにあるレンタカーの店をしらみつぶしに当たった。
するとその中の一店でビンセントが車をレンタルしたという情報が判明した。
走行距離はなんと8600km。この車に乗ってカリフォルニアまで行ったに違いない。
以上の証拠を元に警察はビンセントを逮捕。
警察は取り調べでレンタカーの走行距離についてビンセントに問い詰めた。
しかしビンセントはそれだけの走行距離になったのは母のいるノースカロライナ州へ
行く途中で寄り道をしたからだと容疑を認めなかった。
確かに今の状況だけではビンセントがカリフォルニア州に行ったという
決定的な証拠とはならなかった。検察もこのままでは起訴は出来ないという。
頭を抱える警察。
"決定打は『虫』だった"
頼みの綱はレンタカーだった。
この車には必ずカリフォルニア州へ行ったという証拠が残っているはず。
そんな時、エンジンルームを調べると多くの虫が付着していることが分かった。
深夜に高速道路を走っているとライトの明るさとスピードが出ている事から
虫が付着しやすい。警察はこれに目を付けた。
車に付着した虫について昆虫博士のリム・キンジーに調査を依頼したところ
なんとその一部がロッキー山脈から西側にしか生息しない虫である事が判明。
このレンタカーはロッキー山脈を越えてカリフォルニアにきたという事が証明された。
これによりビンセントの一家5人殺害の犯行のアリバイは見事に崩れた。
その後、多くの物的証拠からビンセントは有罪となり、裁判で死刑が確定した。
ビンセント・ブラザーズは身勝手な理由で自分の家族を殺害した
身勝手な殺人鬼だった。