八木茂・狂気の保険金殺人事件
1995年から2000年にかけて残虐な保険金殺人事件がこの地で発生した。
その主犯だったのが八木茂という男。
八木は経営するスナックの常連客たちに、多額の保険金をかけ殺害。
その保険金の総額は何と15億円。
現在、八木は死刑が確定した後も裁判のやり直しを求めている。
世間を震撼させた本庄保険金殺人事件。その全貌とは?
"一人の男がターゲットに"
1984年。
隣町でパチンコ店に勤めていた男性はこの日、
休みを利用して本庄市に遊びにきていた。
すると突然現れた華やかな一角。男性は誘われるようにその店へ。
綺麗な店内に美人のホステス達。
彼は東北出身で中学卒業後、集団就職で上京。近くに身寄りも親しい友人もいない...
そんな孤独で寂しい生活を送っていた男性にとってこの店はまさに別世界だった。
しかしそれがこの男にとっての地獄の始まりだった。
この店のオーナーが、のちに保険金殺人の主犯となる八木茂その人だった。
しばらくすると、八木は男性に当時18歳だった武まゆみという女性をつけた。
男性はまゆみに一目ぼれ。まゆみも甘い言葉でさらにこの男性を虜にしていった。
そして店を出ようと支払いしようとしたが、こういった店はもちろんお代が安くはない。
支払いに困っていた男性に八木はツケで大丈夫と答えた。
こうしてこの男性はまゆみに会うために頻繁に店へ通うようになっていく。
そうしていくうちにツケは300万円を超えるようになっていた。
しかしそれが八木の狙いだった。
八木は仕事もアパートも斡旋するし、店に来やすくなるという理由で
本庄市に引っ越しするよう男性に持ちかけた。
男もいい条件だと喜んで応じた。
こうして男性は八木の勧めで群馬県伊勢崎市から店の近くの借家に引っ越し...
八木の紹介で鉄工所に勤めることに。
毎晩、男性を店に入りびたりにさせ、借金漬けにすると、
いよいよ、八木の悪魔の作戦が始まった。
"悪魔の作戦が始まる"
八木は自分の店で働くフィリピンダンサーに長期ビザを取らせたいからと
ターゲットの男性に偽装結婚してほしいと持ちかけた。
最初は困惑する男性だったが、仕事や住む場所まで用意してくれた恩がある。
さらに形だけの結婚なのでこれが落ち着いたらまゆみと本当の結婚をしてもいいと
いう八木の提案に惹かれこの提案を受ける形に。すべてはまゆみとの未来の為だった。
しかしこのまゆみ、既に八木の愛人だった。
もともと八木はまゆみが6歳のころから家族ぐるみで付き合いがあった。
高校受験に失敗したまゆみを現在の店に誘ったのが八木。
華やかな世界に導いてくれた八木にまゆみは恋愛感情を抱くようになっていた。
一方で八木という男の女関係は乱脈を極めていた。
八木の子どもを身ごもり、すぐにホステスを辞めていた第一の愛人がいた。
八木は彼女を寵愛し、3人もの子どもを生ませた。
そして店の先輩ホステス、さらにあのフィリピン人ダンサーまでも八木の愛人だった。
そんな八木の愛人相関図の中に、まゆみは身を投じてしまったのだ。
まゆみは愛人の存在をもちろん知っていた。
でもその中で一番でいたい、一番愛情を受けたい。その一心で八木に必死で協力した。
このまゆみの対抗意識を八木は利用し、彼女を事件に深く関わらせていくことに。
"なかなか衰弱しないターゲット"
1990年12月。
男性はフィリピン人ダンサーとの婚姻届を提出。
すると八木はまゆみの将来のためにといった口実を並べ
男性は八木の言われるがままに、保険に加入することになった。
その後も同じような言いぐさで丸め込み、次々と彼の名義で生命保険をかけていった。
こうして作戦の前段が整ったところで、八木は恐ろしい計画を愛人たちに話した。
毎日働かせた後、店で濃い酒を朝まで飲ませて一睡もさせずに仕事へ行かせる。
そうすることで過労死させ、保険金を自分たちのものにするという作戦だった。
ターゲットの男性は、日中は鉄工所で働き...八木の命令で月に100時間以上残業していた。
さらに夜はパチンコ店でアルバイトをし、その後八木が経営する居酒屋へ。
この店を仕切っているのがまゆみだった。ここで午前零時まで酒を飲み、
その後いつも行く店へ。つまみは食べさせず、濃いウイスキーをどんどん飲ませた。
しかし予想外の事態が発生した。
男はこれだけの生活を続けながら衰弱する様子を見せなかったのだ。
すると八木は次の作戦を考えた。
タバコを煮出し、その中にコーヒーと大量のガムシロップを加えた。
これでウイスキーや焼酎を割って飲ませるという"成人病作戦"だった。
美味しいものではなかったが大好きなまゆみの作ってくれたお酒を飲み続ける男性。
しかし、半年が過ぎても過労死もしなければ衰弱する様子もない。
しびれを切らした八木はトリカブトを少しずつ飲ませ毒殺しようと考えた。
山中でトリカブトを自ら探し、それを細かくして饅頭などに混ぜ、食べさせた。
まゆみも必死で八木の手足となって働いた。すべては八木の愛情を独り占めしたかったから。
トリカブトの毒は強力で、さすがのターゲットも見る見るうちに衰弱していった。
しかし、あからさまな毒殺だと保険金を得ることは出来ない。
そこで八木はもう一つ作戦を考えた。
八木は店で散財し、借金が膨れ上がっていたターゲットの男性に、
自殺に見せかけて遠くの地でまゆみと暮らすよう勧めた。
その準備として職場でも仕事が嫌になったと、まるでノイローゼになっているように
見せかけるよう指示した。
まゆみとの2人だけの生活を夢見た男は再び言われるがままに行動する。
八木の作戦は最終局面を迎えた。
"ついに作戦は最終局面へ"
引き続きトリカブト入りの食べ物を食べ続けていた男性は衰弱しきっていた。
八木とまゆみは男性の様子を見に部屋へ行き、さらにトリカブト入りのアンパンを
食べさせ弱っている様子を見て布団に包み遺体を利根川に流したという。
この経緯は後に大きな争点となっている。
その2日後。
戸籍上の妻、フィリピン人ダンサーは本庄警察へ行き捜索願を出した。
数日後、男性の遺体が発見された。
警察は遺体を解剖したが死因がトリカブトとはわからず、「溺死」と判断し、
自殺として処理した。
すべて八木の作戦通り。
八木はターゲットだった男性にかけられた3億もの保険金をまんまと手にした。
この金を元手に八木は金融会社を設立。まゆみは昼間、そこの事務員をするようになる。
"再び2人の男をターゲットに"
翌年、まゆみの先輩ホステスも八木の子どもを出産
これで愛人の中で子どもがいないのはまゆみだけとなった。
まゆみはなぜ、愛する八木の子を自分だけ授からないのか憤りを感じていた。
一方、開店当時は盛況だった八木の金融会社も、1997年になるとバブル崩壊の
あおりを受け株の損失などで商売に陰りが見え始める。
すると八木は再び保険金殺人のターゲットを探し始めた。
目をつけたのは、パチンコ店店員の年配の男性(59歳)と
塗装工の男性(38歳)の2人。
2人とも地方出身者で身寄りがなく独身だった。
八木は以前と同様に2人を飲み代のツケで借金漬けにした上で、
愛人の一人である女を年配の方の男性と偽装結婚させた。
そして若い方の男性はあのフィリピン人ダンサーと
またも偽装結婚させ、2人合わせておよそ12億円の保険金をかけさせた。
さらに2人を近所に引っ越しさせた後、一人を八木の経営するパブの店長に
もう一人を鉄工所とパチンコ店で働かせた。
そして同じように2人を衰弱させて過労死させようと考えた。
トリカブトは足が付きやすいという事から今回は風邪薬を栄養剤と偽って大量に
飲ませることに。
さらにアルコール度数96度のウオッカに35度の焼酎を混ぜた特別な酒も飲ませ
二人をアルコール漬けにしていった。
そして1999年5月28日。
年配の男性が衰弱し死んだ。死亡時の体重はたった40kgだったという。
ここまでは予定通りだったが、一つだけ八木の計算が狂った。
もう一人のターゲットだった男性がこの悪魔の作戦に気付いてしまったのだ。
このままでは自分も殺される。恐怖にかられた男は寝間着姿のまま付近の病院に向かい
助けを求めた。これを受けた看護師が警察に通報。事件は発覚した。
"ついに発覚した保険金殺人。そして今..."
本庄警察は火葬寸前だった年配の男性の遺体を押収、殺人容疑での捜査が始まった。
司法解剖の結果、風邪薬の成分が遺体の内臓や毛髪から検出されたが
本当に風邪薬が原因で死んだといえるのかどうか裏どりは難航。
長期間、大量に酒を飲ませ、大量に風邪薬を投与すれば、人は死ぬ、というのを最終的に、
医学、薬学、科学的に立証し、八木の逮捕までこぎつけた。
しかし逮捕までの道のりは長く最終的に8か月も要した。
同じくまゆみも逮捕されることに。
取り調べでまゆみは完全黙秘を貫いた。
八木から黙っていれば短期間で自由になれる、と言われその言葉を信じていたからだった。
しかしいつまで経っても自由になる事はなかった。話が違う。
まゆみは2人を殺害に追い込んでしまった。自らの罪の重さと、八木への信頼との間で
揺れ動き、一人苦しんだ。
そんな、まゆみの元へ八木から手紙が送られてきた。
もしまゆみが一人で罪を背負ってくれれば、自分はまゆみを待って出所した時に結婚してやる。
そういった内容の手紙だった。
この期に及んでようやくまゆみは気づいた。八木にとって自分は汚れ仕事に
手を染めてくれる単なる道具にすぎなかったことを。
16歳の時から愛人となり、これまでの人生の大半を八木のために捧げてきたのに。
愛されていないことに気づくのがあまりに遅すぎた。
裁判で愛人3人は犯行を認め、遺族に謝罪した。そしてまゆみには無期懲役
フィリピン人の愛人に懲役15年。先輩ホステスに懲役12年の有罪判決が下された。
一方、起訴事実を全面的に否認した八木には死刑が求刑された。
一貫して無罪を主張し続けた八木には一審、二審とも判決は死刑。
そして、2008年7月17日最高裁が上告を棄却。八木の死刑が確定した。
しかし、死刑確定後も八木は無罪を主張し続け、裁判のやり直しを求めた。
そして八木死刑囚の弁護団が起こした再審請求をめぐり、動きがあった。
争点となったのは最初の被害者男性の死因。
判決では、八木らはトリカブト入りのアンパンで毒殺。
その後、遺体を利根川に投げ捨てたと認定されている。
ところが、弁護団の求めにより、残されていた被害者の臓器を再鑑定すると
意外な結果が出た。鑑定人は「溺死」と判断したのだ。
つまり被害者は生きた状態で川の水を飲み その後、死亡したと鑑定された。
しかし、2015年7月31日、東京高裁は、
「臓器が汚染されていた可能性が払拭できず鑑定結果に依拠できない。」とし
再審請求を認めない決定を出した。
八木の金融会社があった場所は今は更地となり、事件のことを知る人も少なくなっている。
保険金目当ての身勝手で人の命を軽視した。残忍な殺人。絶対に許されてはならない。