愛する娘へ 母が究極の選択
1994年7月、フランス・ラグース
この街で新しい命が誕生しようとしていた。
妊婦はまだ18歳のソフィー・セラノ。
パートナーのダヴィとは3年間交際したのち、ともに望んだ出産だった。
"愛する娘に両親と違う特徴が"
そして女の子を出産。マノンと名づけられた。
ダヴィの仕事は運転士だったため、家を空けることが多かった。
ソフィーは子育てに奮闘。愛する我が子に愛情をいっぱい注いだ。
しかし、マノンが成長するにつれある問題が起こった。
カールした髪の毛、褐色の肌。
明らかに両親のどちらにもない特徴が目立つようになっていった。
ソフィーは自分の祖父がスペイン系だったこともありその影響だと思っていたが
街行く人達に、「郵便配達人の子」というフランスなどの一部地域で使われる、"浮気相手との子"を意味する表現で噂をされるようになっていった。
そしてパートナーのダヴィもいつしかソフィーを疑うようになっていく。
若い2人は言い争いが絶えなくなり、別居をすることに。
ソフィーはマノンを連れて親友の元に身を寄せた。
養育費はもらう事が出来たが、それだけでは足りないので乗馬クラブで
働きながらシングルマザーとして娘を育てる事となった。
"DNA鑑定を依頼"
兄妹や親友に支えられ、ソフィーは仕事と子育てを両立。
やがて家を借り、マノンと2人で生活できるまでになっていた。
そんなある日、裁判所から手紙が送られてきた。
ダヴィからマノンが我が子なのか調べるためのDNA鑑定を求めてきたのだ。
確かにマノンは成長するたびに髪の毛や肌の色などの外見が明らかに親と変わっていた。
DNA鑑定をすればあらぬ疑いも払しょくされる。
ソフィーはダヴィからの鑑定の求めを受けることにした。
DNA鑑定の結果は、弁護士から聞くことに。
弁護士からの説明は驚くべき内容だった。
「ダヴィもソフィーも、マノンの親ではない」
これがDNA鑑定の結果だった。愕然とするソフィー。
実の娘は生まれてすぐ病気にかかり、数日間親と離れて治療を受けていた。
その時に取り違えられていたのだ。
しかし、いまそばにいるマノンは自分が育てた愛する娘には変わりない。
一方、結果を受けてダヴィは親権を放棄。
ソフィーはいまマノンを守れるのは自分しかいないと決意を新たにした。
だがマノンはこの事を知らない。本当の事は言えずじまいだった。
その一方で頭を巡るのは自分が本当に産んだ娘の事。
いつしか会ってみたいと思うようになっていた。
悩んだ挙句、ソフィーは弁護士に相談。
病院を訴えて刑事裁判を起こし、警察が実の娘の存在を調査することになった。
これだけの事をやった以上、マノンにも本当の事を話さなければならない。
ソフィーは誠心誠意、事実をマノンに話した。
衝撃を受けるマノン。何よりも本当の両親が引き取りに来て
今の母親であるソフィーと離れ離れになるのが嫌だと涙した。
ソフィーも愛する娘と離れたくない、でも事実を知りたいという正直な気持ちを
娘に伝え、ともに抱き合って泣いた。そしてマノンは事実を受け入れた。
"実の娘の所在が判明"
2か月後、警察から連絡があり実の娘の所在が判明した。
まずは取り違えられた親同士で会う事に。
警察署で待っていたのは褐色の肌にカールした髪の女性。
明らかにマノンと似ている。
そして相手の女性もソフィーを見て我が子の面影を見ているようだった。
そして2人は持ってきた娘の写真を見せ合う。
ソフィーは本当の娘の姿は自分にそっくりだと感じた。
しかし、この時の話し合いで今後どうするべきなのか結論は出せずじまいだった。
それからもお互いの親は連絡を取り合うようになった。
今までの時間を埋めるように実の娘の思い出をお互い伝え合った。
そんな事を続けるうちに、実の娘に会いたい気持ちが強くなっていく。
ソフィーは今の気持ちをマノンに説明した。
マノンの実の親もマノンに会いたいと思っていることも。
しかしまだ子どものマノンには今の状況は複雑すぎた。
了承はしたがまだ呑み込めていない様子が見え隠れした。
"ついに実の親と娘が再会"
2004年、ソフィーはマノンを連れて実の両親の家に行った。
出迎えるマノンの実の両親。マノンはまだどこかぎこちない。
そして家に迎えられるとそこにはソフィーの実の娘がいた。
実の娘はマノンとは対照的にソフィーに駆け寄ってきた。
両家の交流はここから始まった。
子ども達はすぐに仲良くなり、週末は2人ともお互いの家で
交互に過ごすようになっていった。
他人によって育てられた実の子は素直で人懐っこい。
沢山の愛情を注いで育てられていたことがよく分かった。
2人の娘が自分のそばで笑っている。このまま時間が止まってしまえばいいのに。
ソフィーはそう思うようになっていった。
しかし次の週はマノンが向こうの家で過ごす日がやってくる。
その時自分は一人ぼっち。寂しくてたまらなかった。
向こうの両親も同じような思いに違いない。そう思うと複雑な気持ちになった。
"実の娘か育ての娘か。親の決断は"
一方でソフィーたちの人生を変えるきっかけとなった取り違え事件の捜査は進展。
当時の看護師のミスが原因だった。
また看護師は精神的に病んでおり、仕事中にアルコールを飲んでいたことも判明した。
病院側はミスは認めるが故意にやったわけではないと罪を認めなかった。
弁護士もこういうケースの前例がほとんど無く、司法は手探り状態となり
刑事事件の立証は難しいと判断。民事裁判を起こして闘う事となった。
一方、親交を続ける2つの家族にも変化があった。
会話の中で自分の好き嫌いや、育った環境の違いによって起こる
お互いの価値観について微妙なずれを感じるようになっていた。
やがてソフィーは、育ててきた子どもを手放すつもりがない以上
お互いがこんな風に会っていても意味がない様に思えてきた。
そんな思いが向こうの家族にもあったのか、両家は徐々に会わなくなっていった。
そして裁判を起こして11年。
2015年2月に裁判で病院の非が認められ、取り違えられた子どもたちと親に
それぞれ損害賠償の支払いが命じられた。
自分が愛情を注いだマノンと共に暮らすことを選んだソフィー。
結局、DNA鑑定を受ける前の生活に戻ったが、
事実を受け入れて前へ進む2人の親子の絆はさらに強いものになっていた。