アルコール依存の真実
アルコール依存症。
現在、日本に治療が必要なアルコール依存症患者は
109万人以上と言われている。
特に近年、女性の社会進出に伴い、女性のアルコール依存者の数も顕著に増加。
アルコール依存症その恐ろしさとは!?
"アルコール依存の世界へ足を踏み込む"
1970年代。銀行に勤務していた宮田由美子さん。
人見知りで話しベタだった彼女は、みんなで集まっての飲み会は苦手だったのだが、
ある飲み会の際に、酒が強いと言われたことがうれしかった。
それからと言うもの、仕事が終わる時間が
近づくと誰かが飲みに行くと言い出すのが楽しみになった。
そもそも酒の強い人と弱い人の違いはどういったところにあるのか?
体内で吸収されたアルコールはまず肝臓で分解される。すると顔が赤くなったり、
吐き気や頭痛などの不快な症状の原因となるアセトアルデヒドが発生する。
このアセトアルデヒドは、肝臓内にある酵素によって体に害のない物質に処理される。
この酵素の活性が高い人ほど、アセトアルデヒドが体内にたまりにくいため、
酒を多く飲める。つまり「強い人」。彼女は体質的に酒が強かった。
念願の一人暮らしを始めた由美子、しかし、今の収入だけではきつかった。
そこで、夜も働き始めた。選んだ仕事はスナックのホステス。
お金ももらえ酒も飲める、これほど都合のいい仕事はなかった。
こうして毎日酒を飲み、量もドンドン増える。
アルコールを飲んで楽しい気分になるのは、
脳内で快楽を生み出すドーパミンという物質が分泌されるため。
しかし飲み続けると、効きめが落ちて少しのアルコール量では分泌されなくなり、
徐々に量を必要とするようになる。だから、酒を飲む量も増えてしまうのだ。
そして脳内に、アルコールを飲むと楽しくなると記憶されていく。
だから依存になってしまうのだ。
酒を飲む機会がなくても飲みたくなる。
こうして、アルコール依存の最初のステップ、習慣飲酒へ恐ろしい依存の世界へと
踏み込んでしまった。
"気を失うまで飲み続ける「ブラックアウト」"
昼は銀行、夜はスナック。そして飲み過ぎた次の日は...迎え酒。
迎え酒は、二日酔いが治るとよく言われるが実はアルコールで感覚が麻痺するだけ。
この迎え酒を覚えてしまう事が問題飲酒の始まりとも言われる。
そんな彼女に新たな出会いがあった。
同じスナックで働いていた彼と意気投合し同棲をするように。
彼も昼は別の仕事をしていた。
そんな2人は妊娠を機に籍を入れる事になった。
妊娠、結婚を機に由美子は仕事を辞めた。
しかし日中1人でいると、酒のことが頭から離れない。
妊娠し幸せなはずなのに...それまで毎日飲んできた酒への欲求を抑えることができず
都合のいいように理由をつけて、ついつい飲んでしまう。
そして、飲むと罪悪感が襲う。
結局、出産直前まで酒をやめられなかった。
現在、妊娠中と授乳期は胎児への影響を考え、飲酒を控えるよう指導される。
由美子の場合、幸いにも赤ちゃんに影響はなく元気な男の子だった。
愛する息子の為、育児はしっかりやった。
一方、夫の帰りはいつも深夜。淋しさやストレスから再びアルコールに手が伸びる。
夫は注意をするものの、それが邪魔に感じるようになった。
そんな生活が何年も続くと、飲む事以外何もしたくなくなる。
育児はもちろん、家事も風呂や歯を磨く事も面倒になる。
やがて由美子は、気を失うまで飲み続ける「ブラックアウト」という状態に陥った。
記憶を司る海馬がマヒし、気を失う。これを「ブラックアウト」という。
さらに飲み続けると呼吸中枢が麻痺し、最悪の場合、死に至る事も。
そんな状態の由美子を見て、さすがに夫もイヤになっていく。
夫は、家に帰る事がほとんどなくなった。
だがそれは、由美子にとっては好都合だった。
たまにしか帰って来ない夫、しかし、生活費は入れてくれる。
こうして、飲酒量はさらに増えて行き、ついに身体に影響が出始める。
目が覚めアルコールが切れると、手足が震え出し、大量の汗をかく。
これを離脱症状という。この状態から逃れようとアルコールを求める。まさに悪循環。
離脱症状はアルコールを飲むことによってピタリと止まる。
アルコール依存者にとって離脱症状は本当に怖いもの。
さらに離脱症状によって眠れなくなってしまう。
目が覚めればまた眠りにつくまで酒を欲しがる。
さらに幻覚、幻聴が襲う。
由美子の場合、部屋中に尺取り虫が見えたり、
他にも、花がニヤニヤ笑うトランプの顔に見えたという。
"退院後もやめられない酒"
度重なる症状に、家族は由美子を病院に連れて行った。
そこでようやく自分の症状が「アルコール依存症」であることを告げられる。
さらに詳しく検査をすると、脳の委縮が見られた。
理性を司る前頭葉に影響が出やすく、損傷すると酒を飲んではいけないと判断する事が
より難しくなってしまう。
さらにγGTP(ガンマジーティーピー)という、
肝細胞がアルコールで破壊された時に発生する酵素の数値が高いと診断された。
女性の正常値は、30以下(男性は80以下)などと言われ、
100を越えると脂肪肝や肝炎の病気にかかる恐れがあるが、
彼女の場合は、1000を越えていた。
このままでは命に関わる。由美子はひとまず入院することになった。
アルコール依存症の治療は、離脱症状を和らげる薬物療法を行ない
断酒を最優先にした健康的な生活を送っていく。
入院して3日もすればすぐに体調はよくなり食事もおいしく感じた。
その為、およそ3か月で退院が決まり、医師から抗酒薬を処方された。
この薬を飲んで酒を飲めば、吐き気や頭痛などの不快な症状を引き起こすため、
飲みたくなくなる。
しかしある日、この薬を飲まなくても酒を我慢できる気がした。
結局、都合のいい理由をつけて...酒を飲んでしまった。
アルコール依存症の患者は、1滴でも飲めば、歯止めが利かなくなってしまう。
"息子の声が断酒のきっかけに"
結局お酒をやめられず夫に愛想を尽かされた由美子は、ついに離婚を告げられた。
だがこの時、夫がいなくなれば酒を飲めるようになると、喜ぶ自分がいた。
離婚して、彼女は生活保護を受けるようになったが、その金はほとんどが酒に消えていく。
その後4回も入院したが、それでもアルコールから抜け出せない。
天井からお金が降って来るといった幻聴も見えた。
由美子はこれで酒が買えると大喜びして暴れまわった。
救急車で運ばれる由美子。
その時「お母さん!行かないで、お母さん!」と息子が必死に叫んだ。
初めて聞いた子どもの心からの叫び。その瞬間、彼女の中の母性が目覚めた。
今度の決意は今までと違った。
定期的な通院と一緒に断酒会といった自助グループに積極的に参加した。
そういった場で自分の辛い思いを話す事で心が前向きになって行った。
こうして彼女は今、30年以上も断酒を続けており、
現在、全日本断酒連盟の女性初の理事として活躍している。
彼女にとって一番なくして辛いと思ったのは人の信用だという。
そしてお酒がなくてもちゃんと生きて行けることに気が付いた事が嬉しかったと語る。
アルコール依存により苦しんでいる人は少なくない。
そんな中、2013年からアルコール対策の新たな法案が成立し
酒の問題で悩んでいる人の相談や早期対応の治療体制が整備されることになった。
酒は適量であれば楽しめるもの。ぜひそれを忘れずに楽しんでほしい。