勇気を与えた美女のダンス
「ボストンマラソンン」と言えば、毎年4月に行われるアメリカ3大市民マラソンの一つ。
長い歴史があり世界中の市民ランナーが一度は走ってみたいと憧れる大会。
過去には瀬古利彦が2度優勝するなど、多くの日本人も参加する大会で事件は起きた。
"左足を失ったダンサー"
2013年4月15日。この年も総勢約2万7000人が出場していた。
午後2時49分、マラソンのスタートから4時間が過ぎた頃、ゴール地点で突然の爆発。
この爆発の数秒後に2度目の爆発。
一般市民を狙った無差別テロだった。
使用されたのは圧力鍋を使った手製の爆弾。釘や金属片などが広範囲に飛び散った。
レストラン、ホテル、コンサートホールなど不特定多数の人が集まる場所や
民間人を狙った、いわゆる「ソフトターゲット」のテロ攻撃。
このテロで8歳の子どもを含む3人が死亡、264人が負傷した。
2つ目の爆弾からわずか1.5mの場所で観戦していたエイドリアン・ハスレットは
世界大会で3位に輝いたこともあるプロのダンサーだった。
事件の翌朝。
爆発に巻き込まれ意識を失っていたエイドリアンは病室で目を覚ました。
命は助かったが左足の膝下12センチから先を失っていた。
数週間後に退院。そして、順調に回復した彼女は日常生活のための義足を作った。
久しぶりの1人で立つ感触。しかし昔のようにはもう踊れない。
慣れない義足生活。ちょっとした段差でもつまずくし、装着にも時間がかかる。
どうして私は足を失わなければならなかったのか...
月日が経っても消える事のない恐怖を与えた卑劣な事件。
爆弾を仕掛けた犯人はチェチェン共和国から、難民としてアメリカに渡ってきた
26歳と19歳のツァルナエフ兄弟。
動機は、アフガニスタンやイラク戦争を行ったアメリカへの報復と言われているが、
イスラム過激派と直接の関係はなかった。
綿密に計画は練られ、前回大会で最も多くのランナーがゴールした時間帯に爆発させた。
事件後、警察との銃撃戦で、兄は死亡。弟は逮捕され、死刑が宣告された。
"運命の出会いが生きる希望となる"
一方でエイドリアンは懸命にリハビリに臨んだ。
まだ32歳、もう一度ダンスをしたい...
そんなとき、リハビリ病院で行われた講演会で彼女の運命が大きく変わる。
壇上に現れたのは、マサチューセッツ工科大学メディアラボの所長、ヒュー・ハー教授。
教授は17歳の時に登山事故による凍傷で両足を失って以降、
34年間、人間の動きと変わらないバイオニック義足を作る事に専念してきた人物。
自ら作ったバイオニック義足でなんと、ロッククライミングもこなした。
もしかしたらこの義足が生きる希望になるかもしれない、
エイドリアンは、義足の持つ可能性について教授と3時間も話をした。
自分がダンサーだったこと、また昔のように踊りたいという事を伝えた。
翌週、マサチューセッツ工科大学にある、教授の研究室を訪ねたエイドリアン。
教授が研究しているバイオニック義足とは、人の神経電流をセンサーが感じ取り、
モーターがふくらはぎの筋肉の動きを再現するもの。足を失った人の歩行はもちろん
複雑な動きもサポートする義足。
教授は、この研究室からエイドリアンが踊るための義足を開発すると約束してくれた。
それはまさに片足を失ったダンサー、エイドリアンの生きる希望だった。
"バイオニック義足でダンサーとして復活"
彼女は教授の義足に期待し、ダンスの練習を始めた。
一方、教授はバイオメカニクスの専門家たちを集め義足作りの新たな段階に入った。
エイドリアンのダンサー仲間にマーカーを付けてデータを取る。
CGの3次元空間で、関節と筋肉の動きを記録。ダンスに関する全てを計測する。
そして、動きや力などのデータをバイオニック義足に記憶させる。
ダンスはウォーキングやランニングのように繰り返しの動きではく、
全てのステップが違っている。これは教授にとっても初めての試みだった
こうして200日かけてエイドリアンのための義足は開発された。
ふくらはぎの筋肉はモーター。それがアキレス腱に繋がり、黒いばねが代理を務める。
彼女は4か月に及ぶリハビリと訓練をこなした。
そして、爆破テロから11か月。
エイドリアンは爆破事件以来初めて公の場に姿を現した。
練習を重ねるごとに上達したダンスは、義足だとはわからないほどだった。
ダンサーとして復活することができたエイドリアンは、
あの場所に戻ってきた。事件の起こったボストンマラソンのゴール地点。
彼女はこの場所でも美しいダンスを披露。卑劣なテロに屈しない事を世界にアピールした。