無口な少女の心の秘密
子どもの頃、クラスにいたとてもおとなしい子。
学校ではほとんど声を聞いたことはなく、自分から話しかけることもない。
周りから恥ずかしがり屋で人見知り、と思われることが多いが、
実はある病が原因だったかもしれない。
愛知県に住む入江紗代(いりえさよ)さん。
幼いころ人と話せなかったという彼女。無口な少女が抱えた心の問題とは一体?
"人前で声が出せない少女"
1984年、岐阜県。
この町で生まれた紗代さんは3歳年下の妹と両親の4人家族。
歌が大好きだった紗代さんは家族のムードメーカーで、明るく活発な女の子だった。
そんな少女に変化が訪れたのは幼稚園に入った時。
紗代さんにとってこれが初めての集団生活...楽しそうな園児たち。
しかし...入園から1か月たっても紗代さんは喋らなかった。
一方で...家にいるときや昔からの幼馴染の前ではよく喋る。
でも、幼稚園では...やはり喋らない。
実は話したくても話せなかった。
何か言おうとするたび喉の奥が閉まったようになり声を出す事ができない。
場面緘黙症。
言葉を理解し話す能力があるにもかかわらず、特定の場所で急に声を出せなくなる不安症。
0.15%の割合で存在するといわれていて2歳~5歳の間で発症することが多い。
声を聞かれることや話している姿を見られることに恐怖を感じ、極度の緊張状態になる。
体の中で一体何が起きているのか?
児童青年精神科医の新井慎一医師によると、
一つの説として、不安に関係している脳の中の扁桃体というところが過敏に反応し
自分がしゃべっているのが見られる、または聞かれる状況になった時、
脳の中で勝手に緊張してしまい、声を出せない状態になってしまうのだという。
"塞ぎこみ、孤独な学校生活"
紗代さんのその症状は小学校に上がっても続いた。
クラスの席替えの様な行事があっても、やはり声を出すことができない。
クラスメイトにも悪い印象を与えてしまう。
楽しく話せるよう毎日家でぬいぐるみ相手に会話の練習もしたが、学校では言葉が出ない。
学校以外では活発な自分。
でも...学校に行くと途端に声が出せなくなってしまう。
どうしてこうなってしまうのか?どう説明していいのかわからなかった。
話せない変な子...そう思われたくない。常に笑顔で大きくうなずくよう心がける日々。
そんな紗代さんが特に恐れていたこと、それは授業での朗読。
声を出している自分をみんなに見られる恐怖。
話せない自分を恥じていた紗代さんは両親にも事実を打ち明けることができなかった。
彼女はこの悩みを抱えたまま成長。
話すことにも話しかけられることにも疲れた紗代さんは次第に人を避け、
孤独な高校生活を送っていた。
そして自分を変えたい、そんな思いもあり高校卒業後は東京の大学に進学。
そこである出会いが...同じ授業を取っていた1つ年上の男性。
彼は会うたびにいつも声をかけてくれた。
自分が特に話をしなくても気にしない彼。
そんな彼とは少しずつ話せるようになっていった。
"運命の出会いにより変わる事が出来た"
そんなある日の事。
彼の友人が自分に話しかけてきた。
その時またあの症状が。話さなきゃ...彼にも変に思われる!
だが...焦れば焦るほど言葉が何も出てこない。
これをキッカケに紗代さんは初めて彼に悩みを打ち明けた。
幼いころから、ごく限られた人以外の前で声が出なくなること。
それがなぜなのか自分でもわからないこと。
そして、それを知られることを恐れ続けてきたこと。
全てを彼の前でさらけ出した。
すると彼は、それでも紗代さんの中身は変わらないだろう、と理解してくれた。
全てを打ち明けても支えてくれる人がいる。それが本当に嬉しかった。
やがて彼の勧めで小さな雑貨店のアルバイトも始め、少しずつではあるが、
人と話ができるようになった。
そして27歳の時、偶然知った。
ずっと抱えてきた悩み...それが場面緘黙症だとわかったのだ。
他にも同じ症状で苦しんでいる人がいることも。
その後、話す練習を重ね、今では取材を受けられるまでに。
カメラの前でその思いを話してくれた。
紗代さんは働くことで、少しずつ自分が何が怖かったのかということに向き合い、
「次はもっと大きな声で接客をしてみよう」といった具体的な目標を1つずつ達成していくことで変わることが出来たという。
紗代さんはその後、大学時代に出会ったあの彼と結婚。
現在は、場面緘黙症をより多くの人に認知してもらう為の活動を行っている。