死者5人...殺人菌の正体
去年、日本で寄生虫や細菌、自然毒などの食中毒になった人は保健所に届けられた人数だけで2万人を超えた。
死者は14人。その中で10人もの死者を出しているのが...腸管出血性大腸菌。
人の体内で「ベロ毒素」と呼ばれる毒を出す大腸菌の一種で、
主に牛の腸の中に生息し、牛の皮膚にも付着している菌。
代表的なものはO157、O111などがあげられる。
そして去年、O157の後遺症で女性が死亡するというニュースが飛び込んできた。
"数年たっても影響を残す食中毒とは"
それは1996年、大阪府堺市で起こったO157の集団食中毒。
この女性は小学1年生の時にこの食中毒にかかり、
19年後の25歳の時にそれが原因で命を落としたというのだ。
当時、女子児童は症状が回復し退院したが、食中毒から8年後の中学生の時、
その後遺症として、ある病気にかかっていることが判明したのだった。
その病とは腎血管性高血圧。
本来、塩分と水分の排出量をコントロールすることによって血圧を調整している腎臓だが、何らかの原因で腎臓内の血流が低下すると、血圧を上昇させるホルモンを分泌、
高血圧状態を引き起こしてしまうというもの。
女性は、血圧を下げる降圧剤を服用しながら定期的な健診を受けており、
特に生活に支障があるわけではなく、普通に生活を送っていた。
しかし去年、自宅で就寝中に嘔吐。
意識を失っているところを家族に発見され、病院に搬送されたが
翌日、脳出血のため亡くなったのだった。
だが食中毒患者すべてが後遺症を発症するわけではない。
溶血性尿毒症症候群の治療ガイドラインによると、
慢性的な腎臓病になるのは溶血性尿毒症症候群患者の20~40%ほど。
その中でも透析を受けたり、経過観察中に蛋白尿や高血圧などを合併した
重症患者の場合には、長期間の経過観察が必要であるとされている。
"誕生日を祝う食事が不幸の始まりとなった"
同じく腸管出血性大腸菌で6年前、日本中が騒然とした集団食中毒事件があった。
2011年4月22日、富山県小矢部(おやべ)市。
この日は、久保秀智さんの二男・大貴くんの1日遅れの誕生日食事会。
お祝いは、人気があった「焼肉酒家えびす」で焼肉を食べる事になった。
誕生日のお祝いに焼肉店でユッケを食べた翌日、
大貴くんは突然、嘔吐。
4日後には血便が出るようになり、
これまでにない激痛が大貴くんを襲った。
総合病院で詳しい検査を行なった。
その結果...体内から腸管出血性大腸菌が検出された。
原因は腸管出血性大腸菌だと判明。
腸管出血性大腸菌で代表的なO111やO157が出す「ベロ毒素」は
青酸カリの5000倍と言われる毒性を持ち、大腸をただれさせ血管壁を破壊する。
そのため血便や、激しい腹痛の症状が出る。
そして、この食中毒で気をつけなければならないのが、
溶血性尿毒症症候群を発症すること。
体内に入ったO111やO157は消化器官を通り大腸へ。
そこで増殖を始めるのだが、その時、ヒトが持つ免疫によって、菌を撃退する。
だがその菌は、死滅する際により多くの「ベロ毒素」を排出し
「ベロ毒素」は、赤血球や血小板を破壊しながら全身を巡る。
最悪の場合、急性脳症や急性腎不全といった合併症により死に至る事もある。
検査の結果、家族全員からも二男の大貴くんと同じ型のO111が検出された。
症状の重かった二人の息子はすぐに入院。
時を同じくして、病院では久保家と同じ症状を訴える患者が相次いでおり、
パニック状態になっていた。
症状を訴える人たちが食べていたのがあのユッケだった。
しかしユッケを食べていない久保さんの妻からもO111が見つかった。
それは、この菌の恐ろしい特徴によるものだった。
"感染力の高い腸管出血性大腸菌"
腸管出血性大腸菌は感染力が強いことが特徴。
通常の食中毒菌においては100万個程度の菌を摂取しないと感染しないが、
腸管出血性大腸菌の場合には10個~100個の菌を摂取することによって
感染することがある。
久保さんの妻は、ユッケを食べた箸でつつかれたサラダを食べたことで
感染したと考えられた。
ユッケを食べてから6日後、大貴くんは溶血性尿毒症症候群を発症。
集中治療室に移され、腎臓の機能を回復させるため血液をろ過し、
老廃物を排出する治療法が施された。
しかし...ユッケを食べてから11日目、大貴くんは脳死状態となってしまった。
そもそもO111やO157はどのようにしてユッケに混ざったのか?
実は、牛を処理する際に細菌が肉の表面に付着してしまう場合がごく稀にある。
菌が生息する腸と食肉が接触しないよう、細心の注意を払って処理されるが、
菌を完全に消毒することは出来ずゼロにするのは難しいという。
そこで重要となるのが、流通経路での衛生管理。
食肉処理場で枝肉と内臓に分類され、卸売業者へと運ばれる。
本来、菌が生息する内臓と枝肉を違う調理道具で処理するなど、
徹底した衛生管理のもと、肉を切り分けスーパーや飲食店へと送られる仕組みになっている。
さらに、肉の表面は空気に触れることで細菌に感染しやすいため
トリミングと呼ばれる肉の表面を切り落とす処理が必要となる。
しかし、焼肉酒家えびすでは、店も卸業者もトリミングしていなかったことが発覚した。
調査の結果、患者から検出されたO111と店舗にあったユッケ用生肉から検出した
0111の遺伝子型が一致。
感染被害は富山だけではなく、チェーン展開をする4県全てに拡大。
大規模な集団食中毒事件となった。
"奪われた子どもの命。食の安全はどうなるのか"
事件から1か月が経った頃、長男は回復し退院することができたが、
二男、大貴くんは脳死判定から半年が経った10月22日、息を引き取った。
2011年10月、この事件がきっかけとなり、国は生食肉を規制する法律を定めた。
新しい規制では、湯煎で表面から1センチ以上を60℃で2分以上加熱殺菌することなどが
義務づけられた。
さらに、刑事罰も設けられた。
以来、各地域の保健所の許可なしではユッケを提供できない。
しかし去年の5月19日。
富山地検は業務上過失致死傷の疑いで書類送検された運営会社の元社長と、
肉を卸した会社の元役員ら2人を不起訴処分とする判決を下した。
その理由は事件当時、原因の大腸菌は知られておらず、
事件を予見できなかったからというもの。
この決定に二男を失った父親の久保さんは憤りを感じ、
検察審査会に申し立てをすることを決意した。
食の安全...提供する側はもちろんだが、食べる側も箸を別にする、しっかり加熱するなど知識を持つ事が大切だ。二度とこのような事件が起こらないように。