キスを選んだケイティ
2009年。
アメリカ、ケンタッキー州フレミングスバーグ。
この町に住む18歳の少女、ケイティ・ドノバン。
この年頃の女子の話題といえば、もっぱら恋愛。
友人たちもカッコいい男子の話題でもちきり。
しかし、ケイティは恋愛に積極的ではなかった。
なぜなら、彼女は長くて40年ほどしか生きられないと言われる病気を患っていたから。
いったいどんな病なのか?
"彼女を苦しめる「嚢胞性線維症」"
それは生まれて数日後の、新生児を対象に行われる遺伝子テストで判明した。
医者が両親に告げた病名は、「嚢胞性線維症」
嚢胞性線維症は白人に多く見られる遺伝子疾患。
日本人では症例は非常に少ないが、アメリカの白人では約3300人に1人の割合で
発症するというデータがある。
原因は遺伝子の異常。
呼吸器やすい臓、腸など全身の分泌液の粘り気が強くなる病気。
中でも呼吸器では、粘性の高い分泌液が気管支に詰まり細菌が体外へ出づらく、
増殖しやすいため気管支炎などの感染症を繰り返す。
ケイティも幼い頃から、気管支の感染症による咳と痰の症状に苦しめられた。
毎日大量の薬を飲み、気道を広げ、痰をとる薬剤や抗生物質の吸引治療を行なったが、
夜まで続く咳で、眠れない日もあった。
こうした感染症が繰り返されることで肺の機能が徐々に低下し、死亡することが多い。
この病気の根本的な治療法はなく患者の寿命は長くておよそ40年とも言われている。
普段は明るく活発なケイティだったが、年に2、3回は感染症が悪化。
入院して治療を受けなくてはならなかった。
その度に感じる"自分は健康ではない"という事実。
もし誰かを好きになっても、こんな自分を受け入れてくれなかったら...
そう思うと、恋などできなかった。
"運命の出会いが人生を変える"
そんな頃、ケイティが偶然ある記事を見つけた。
そこには自分と同じ年月を同じ病気で苦しんできた男の子の事が書いてあった。
名前はダルトン・プレーガー。
ケイティは彼の母親が書いた闘病記を読んだ。
そしてダルトンは現在...生きる価値を見失っていると書かれていた。
もしかすると同じ病気の自分なら、相談に乗れるんじゃないか?
ケイティはダルトンにメッセージを送った。
すると翌日...ダルトンから返事があった。
ケイティは自分も同じ病と闘っている事をダルトンに告げた。
それ以来、2人は頻繁にやりとりをするようになった。
家族のことや、友達のこと...退院出来た事。
嬉しいことは誰よりも共感できた。
ケイティの存在は、ダルトンを前向きに変えていた。
繰り返す入退院も...誰の言葉よりも励まされる。
2人はすでに互いにかけがえのない存在になっていた。
退院したら会う約束をした2人。
しかしこの時、ケイティは彼に絶対に会ってはならない事情がある事を知らなかった。
"命よりも大切なものを選んだ2人"
ケイティは嬉しそうにダルトンと会う事を医師に話した。
その話を聞いた医師の顔が曇る。
ケイティの19歳の誕生日。
ダルトンから退院が決まったという電話で連絡があった。
嬉しそうに話をするケイティだったが、電話を切ったその時だった。
医師がケイティにある事を告げた。
それはダルトンには会ってはいけないという事実だった。
ダルトンはバークホルデリア・セパシアという細菌に感染していた。
バークホルデリア・セパシアは健康な人にとっては、なんの問題もない細菌。
しかし、嚢胞性線維症の患者はセパシア菌の肺感染症を起こしやすい。
そして、このセパシア菌はほとんどの抗生物質が効かない。
つまり一度セパシア菌が肺に感染すると治療が困難で、やがて死に至る。
この細菌は触れただけで、うつる可能性がある。
つまり、2人が出会って、例えば...もしキスをしたら
それだけでセパシア菌はケイティにうつってしまう。
そうなったら、ケイティの命は、おそらく5年と持たないという。
ケイティはその言葉に衝撃を受けた。
生まれて初めて好きになった人。
でもその人に会うことも触れることもできないなんて。
その事実は、セパシア菌を持つダルトンにも告げられた。
ダルトンはケイティに会えない事を理解し、感情を押し殺した。
悲しみにくれるケイティ。
父親はそんな娘の気持ちを理解しながらも、娘の命の方が大切だからと
ダルトンに会う事を反対した。
これまで生きてこられたのは家族のおかげ。それは痛いほど理解していた。
でも、その人生は自分にとって幸せだったんだろうか...
これからもずっと1人で死の恐怖と闘うだけの毎日は幸せなんだろうか...
病気を理由に生きてきた人生。
そして、ダルトンの存在を知り初めて思い描けた前向きな未来。
そして決めた。
ダルトンと、たとえ短くても共に歩むという人生を...
そして2人はついに会い、熱いキスをした。
"短くも美しく、幸せな人生"
それから2年後の2011年7月。
2人は結婚。
多くの友人や、兄弟、そしてお互いの両親にも温かく祝福され過ごした。
美しく幸せな時間だった。
そこにはダルトンとケイティの両親の姿もあった。
しかし、出会いから5年後。2014年。
2人は同じ病院に入院していた。
2人とも肺の病状が悪化、肺の移植手術を受けなくては生きていけない状態になっていた。
まずは病状が、かなり深刻だったダルトンから。
そして...手術は成功。
今度はケイティの移植手術。
ダルトンはSNSで妻のドナーを見つけるため、よびかけた。
しかし、ケイティにもドナーが見つかったものの移植されたその肺は機能しなかった。
この頃、ダルトンに、悪性リンパ腫が見つかった。
2人は家族の介護なくして闘病できなくなったため、やむなくそれぞれの
実家近くの病院へ移ることになった。
もう一度会う!2人はその希望を捨てなかった。
しかし昨年9月。2人の体は限界に達した。
9月17日。ダルトンは息を引き取った。
そのわずか5日後、ダルトンの葬儀が終わった夜、
ケイティもダルトンの後を追う様に天国へ旅立った。
ケイティとダルトン、
2人が選んだ人生は、短かくも美しく、そして幸せな人生だったに違いない。