帰ってこない愛する夫のナゾ
2014年、ロシア連邦・タタールスタン共和国の首都カザン。
この町で1組のカップルの結婚式が行われた。
この日、5年の付き合いを経て結ばれたのは、
新郎マクシムと新婦のヴェロニカ。
そしてこの日を喜んでいたのが新婦ヴェロニカの母、スヴェトラーナ。
ヴェロニカが幼い頃、父が亡くなったため、女手1つで育てあげたスヴェトラーナ。
彼女にとって娘の晴れ姿を見られることは最高に嬉しい事だった。
新婚生活は順調そのもの。
油田で発掘作業をしているマクシムは仕事漬けの毎日を送っていたが、
休日には必ず愛するヴェロニカと過ごした。
そんな結婚生活を送っていたある日。
夫の帰りを待ちながらヴェロニカは夕食の準備をしていた。
しかし、帰宅予定の時間を過ぎても夫は帰ってこない。
ヴェロニカは携帯で連絡をとろうとしたがつながらなかった。
マクシムに一体、何があったのか?
そして深夜...ヴェロニカの心配が極限まで達した時...スヴェトラーナがやってきた。
母は娘にマクシムはいくら待っても帰って来ないと伝えた。
そして次の一言にヴェロニカは衝撃を受けた。
母「マクシムとは離婚したの。」
絶句するヴェロニカ...その後、母から衝撃の事実を知らされる。
突然の病で生死をさまよう
それは結婚して1年後の2015年だった。
突然、強烈な腹痛を訴えたヴェロニカ。すぐに病院に搬送された。
医師から子宮内膜症という診断を受け、全身麻酔で手術を受けた。
ところが...痛みは治まらなかった。
そこで医師は、強めの鎮痛剤で痛みを抑えることに。
その後痛みは治まったが、次第にヴェロニカは起き上がることや
手足を動かすことも困難になり、1人で食事することもできなくなってしまった。
そして自発呼吸もできなくなったヴェロニカ。
人工呼吸器でなんとか命を繋いだが...やがて意識を無くし、昏睡状態に陥ってしまった。
その2日後...なんとか意識を取り戻したヴェロニカ。
そして血液や尿などの再検査が行われ、本当の病名が判明した。
「急性ポルフィリン症」という遺伝性の病だった。
人間の身体は赤血球を作る過程でポルフィリンという物質が出来る。
通常の人はこのポルフィリンは速やかに排泄されて体内にはほとんど残らない。
ところがポルフィリン症の人は排出することが出来ず身体の中に蓄積してしまう。
ただし、平常時はポルフィリンが少ないのでほとんど問題ない。
ヴェロニカは、子宮内膜症に関しては手術で適切に処置されていた。
ところが、手術の際の麻酔や鎮痛剤などの投与が問題だった。
このような強い薬が体内に入ることでポルフィリンが一気に増加し、
急性ポルフィリン症を発症したのだ。
ポルフィリンの増加により中枢神経が侵され全身の痙攣を引き起こし、
やがて自発呼吸も出来なくなり昏睡状態に陥った。
つまり早期に診断され、強い薬を次々と投与しなければ
ここまで悪化することはなかったと思われる。
急性ポルフィリン症には症状を緩和する薬があり、
ヴェロニカの容態もすぐに落ち着いた。
夫との離婚の記憶が失われていた
しかし、深刻な問題があった。
昏睡状態に陥った時、充分な酸素が脳に供給さなかったため、
脳がダメージを受け、様々な後遺症が残ったのだ。
手足の動きも不自由になりきちんとしゃべることもできなくなってしまった。
愛する妻のあまりに変わり果てた姿に耐えられなくなったマクシム。
当初は必死に看病していたが、心身ともに疲れ...彼女との別れを決意する。
こうして2017年11月...ヴェロニカとマクシムは離婚した。
そんな彼女にさらなる悲劇が。
彼女は短期の記憶を司る場所、海馬を損傷していた。
マクシムとの結婚式や新婚生活の楽しい過去の記憶は
海馬から大脳新皮質に移され記録されていたため思い出すことが出来た。
しかし、海馬を損傷してからの記憶...つまりマクシムと離婚した事実は海馬に記録されず、
思い出すことができなくなってしまった。
これが悲劇を生む。
ヴェロニカは事あるごとに母にこう言った。
ヴェロニカ「お母さん。マクシム、早く帰ってこないかな」
母「あなたはマクシムと離婚したの。」
短期の記憶が出来ないヴェロニカは、母とこのやり取りを毎日繰り返していたのだ。
そして現在...ヴェロニカは29歳になった。
手足を動かせることはかなりできるようになったが、もっと良くなるために
懸命にリハビリを続けている。
そしてマクシムとの離婚についてはというと、
母が何度も教えてくれるので今は理解できるようになったという。
彼女は今、前を向いて懸命に生きている。