GALLERY 作品紹介
◆ 第1章 ◆
プロローグ 記憶のための肖像 第2章
第1章では、「人の存在を記憶する」という肖像の最も古い役割に焦点を当てながら、神々に捧げるため、あるいは子孫に残すために制作された、古代から19世紀までの肖像作例を紹介します。
古代の地中海世界には、祈願が成就したときの返礼として、あるいは信心の証しとして、神々や英雄など信仰の対象に、自身の像を奉納する習慣がありました。自分の分身となる像に信心の記憶を託したのです。
もう一つ、記憶という肖像の機能が発揮された主要分野が、葬礼美術です。古代には、亡き人や親族の記憶をこの世に残し、その永遠性を記念するために、肖像表現をともなう墓碑が幅広い地域で作られていました。シリアのパルミラ出土の《女性の頭部》は、その一例です。
そして、キリスト教文化が普及した中世以降のヨーロッパでも、墓碑に故人の肖像彫刻を用いる習慣は存続しました。その表現は時代や地域、社会によってさまざまに異なりますが、本章では中世末期から19世紀半ばまで、フランスの作例を中心に紹介します。
古代の地中海世界には、祈願が成就したときの返礼として、あるいは信心の証しとして、神々や英雄など信仰の対象に、自身の像を奉納する習慣がありました。自分の分身となる像に信心の記憶を託したのです。
もう一つ、記憶という肖像の機能が発揮された主要分野が、葬礼美術です。古代には、亡き人や親族の記憶をこの世に残し、その永遠性を記念するために、肖像表現をともなう墓碑が幅広い地域で作られていました。シリアのパルミラ出土の《女性の頭部》は、その一例です。
そして、キリスト教文化が普及した中世以降のヨーロッパでも、墓碑に故人の肖像彫刻を用いる習慣は存続しました。その表現は時代や地域、社会によってさまざまに異なりますが、本章では中世末期から19世紀半ばまで、フランスの作例を中心に紹介します。
第1章 ◆ 記憶のための肖像
《女性の頭部》
150-250年
シリア、パルミラ出土 石灰岩、多色彩色の跡 29×19×14 cm
シリア砂漠の中央に位置するパルミラは、紀元前1世紀から紀元後3世紀にかけて、地中海のローマ帝国と西アジアのパルティア王国(前247頃-228)の交易を結ぶ隊商都市として栄えました。パルミラの遺跡では、ローマ帝国に支配された時代(1-3世紀)の地下墓所がいくつか発掘されています。墓所には、矩形にくりぬかれた墓室のなかに石棺が安置され、墓室の蓋は死者の肖像彫刻で、また石棺の上面や側面は墓を作った一家の群像彫刻で飾られました。こうした彫像はローマ美術の影響を受けて、立体感のある高浮き彫りの手法で制作されています。一つひとつ微妙に表情が異なるため、故人の顔を模したもののように見えますが、実際には墓用として量産され、葬儀屋や彫刻家の店で売買されていたようです。当時はさまざまな色で彩られていましたが、今日にはほとんど残存しません。瞳に薄い青色が残るこの作品は、彩色の痕跡をとどめる貴重な1点です。
第1章 ◆ 記憶のための肖像
《ボスコレアーレの至宝 エンブレマ型杯》
35-40年頃
イタリア、ボスコレアーレ出土 銀 高さ8 cm 直径24 cm
ポンペイの北西に位置するボスコレアーレは、紀元79年にヴェスヴィオ山の噴火で埋没した古代の小都市の一つです。1895年にヴィラ(古代ローマの上流階級の人々が田舎に建てた邸宅)が発掘され、樽に詰められた109点の銀器が発見されました。噴火の前に地中に埋められたため、きわめて保存状態がよく、その希少性から「ボスコレアーレの至宝」と呼ばれています。精妙な銀の打ち出し細工が施された酒盃や皿などの豪奢な銀器は、特別な饗宴の時に用いられ、客人をもてなすと同時に、一家の富を印象づける役割を果たしたのでしょう。この円形の杯の中央には、男性の胸像が裏側から立体的に打ち出されています。当初は女性の胸像が配された杯と対をなしていました。おそらく所有者か、彼らの祖先の夫婦を表すものと考えられています。祖先崇拝が行われていた古代ローマでは、祖先の胸像や立像、デスマスクや肖像画を家屋の中に飾る風習がありました。
第1章 ◆ 記憶のための肖像
ジャック=ルイ・ダヴィッドと工房
《マラーの死》
1794年頃 油彩/カンヴァス 162×130 cm
フランス革命の重要人物であるジャン=ポール・マラー(1743-1793)は、急進的なジャコバン派に与し、『人民の友』紙で激しい王政批判を展開して民衆から支持を得ました。しかし1793年7月13日、皮膚病の治療のため湯につかりながら仕事をしていたマラーは、対立するジロンド派の若い女性、シャルロット・コルデーによって刺殺されてしまいます。その翌日、国民公会は、ジャコバン派に属していたジャック=ルイ・ダヴィッドに、マラーの肖像の制作を依頼しました。4ヶ月後の11月14日に国民公会に寄贈された肖像画はたちまち評判となり、ダヴィッドの監督のもとに数点のレプリカが制作されました。本作はそのうちの1点です。ダヴィッドは、若い頃に影響を受けたカラヴァッジョの《キリストの埋葬》(ヴァチカン絵画館)から、だらりと腕を垂らすポーズを取り入れ、マラーを革命の「殉教者」に変容させました。その身体は、均整のとれた体格に理想化され、英雄性を帯びています。