胸に白い三日月形の模様があることから「ツキノワグマ」と呼ばれる彼らは、
中国で何千年もの間、漢方薬の材料として捕獲されてきた。
その材料とは、彼らの肝臓でつくられる「胆汁(タンジュウ)」。
これを乾燥させ粉末状にしたもの≪熊胆(クマノイ)≫として販売され、
腹痛や強壮用に使われてきた。
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1980年代初頭、中国政府は野生のツキノワグマが減少したことを受け、
クマを飼って育てながら胆汁を確保する<熊農場>を各地に設立した。
そこでは、檻にいれたクマのお腹に金属性のカテーテルを埋め込み、
胆のうに挿入する事で、規則的に胆汁が抽出される仕組みがとられてきた。
しかし2000年7月、≪動物保護慈善団体「アジア動物基金」≫の反対活動を経て、
中国政府が、各地の熊農場から計500頭のツキノワグマを解放することに同意。
解放されたクマたちは、四川省にある
≪アジア動物基金ツキノワグマ保護センター≫へ送られることになった。
世界中の支援者らによる資金援助によって運営されているこのセンターには、
現在、およそ200頭のツキノワグマが生活し、身体の健康を取り戻すとともに
精神的な恐怖や不安を克服するリハビリを行っているのである。
そんな救護センターの責任者は、アジア動物基金の設立者でもある、
イギリス人の≪ジル・ロビンソン≫。
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この日、救護センターへ運ばれてきた7頭のクマは、
熊農場で胆汁を抽出された後、動物園で7年間飼われていた。
しかし、一頭のメスの腹部には、金属のカテーテルが埋め込まれたままだったため、
そのカテーテルを取り除く大手術が施されることになった。
まず、主任獣医師≪ゲイル・コクラン≫が、長い棒を使ってクマに麻酔を打ち、
3人がかりで口から酸素吸入器の太いチューブを気管に挿入、
切開する箇所の毛を剃り、手術開始。
手術は4時間を要したが、無事、金属のカテーテルを除去することに成功した。
救護センターにいるツキノワグマの約30%は、
熊農場に収容されていた影響で、身体に障害がある。
捕獲されたときの罠で足首部分が欠如しているクマや
ストレスで檻の格子に頭をこすりつけ、
毛が抜け落ち額の骨がすり減っているクマ。
更には、肝腫瘍や腹膜炎などの病気にかかり死んでしまうクマなど。
障害があるクマたちを安楽死させて、
苦痛から救ってあげた方がいいという人もいるが、ゲイル医師は、
「長年苦しんできた彼らを助けずに、すぐに安楽死させることなどできない」
と考えている。
中国人の大部分が、漢方薬の材料となる胆汁が、
どのように抽出されているか知らないという。
そのため、救護センターでは少しでも多くの人々にツキノワグマの実態を
紹介するためのガイドツアーを行い、施設内を解放している。
しかし、救護センターはここ半年間、
熊農場からツキノワグマを保護出来ていないという問題を抱えていた。
実は、救護センターがクマたちを引き取り、熊農場が閉鎖されると、
働いている人たちの仕事が無くなる為、
センターでは、彼らが新しい生活を始められるように資金提供しているのだが、
最近、その要求金額が上がり、交渉が上手く行かないという。
それから5ヶ月後、ある熊農場が閉鎖した為、
センターに12頭の新しいクマたちがやってきた。
彼らは、体中に様々な傷があり、胆汁抽出の影響で発育不良のクマもいた。
スタッフは、チーム一丸となってクマたちの健康を回復させるべく、
リハビリプロジェクトを開始。ところが…
懸命な治療の甲斐もなく衰弱していた一頭のクマが、この世を去った。
深い悲しみに暮れるスタッフたち。
だが、他のクマたちは、順調な回復を見せている。
そしてジルは、「中国で最後の熊農場が閉鎖するまで、この活動を続けていく」
と、確固たる決意を固めている。
現在、熊の胆汁の代用となるハーブが50種類以上発見されており、
漢方医の中では、それらを代わりに使い始めた医師たちもいるという。
この事は、中国のツキノワグマたちの希望の光となるのだろうか。
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