高校一年生の遥馬理久はある日、
通りかかったグラウンドで
狩矢光の走る姿に惹きつけられる。
思わずアドバイスを伝えた理久に、
次の日から光は執拗に
「ラグビー部に入れ」と誘ってきて…?
トライナイツ 一話
――才能は努力で埋められる、と誰かが言った
――だが、オレは知っている
――絶対に超えられない差が世界にあることを
――だが、オレは知っている
――絶対に超えられない差が世界にあることを
Scene01:熱の無い少年
教師の声だけが響く教室で、その少年はぼんやりと外を見ていた。
華奢な体つきに端整な顔立ち。だが何よりも伝わってくるのは物憂げな雰囲気だ。
眼鏡の向こうから覗く瞳には熱が無い。
普通の学生のように、退屈にあえいでいるのではない。
空虚な風が胸の内に吹いている。そう思わせる視線だった。
名を呼ばれ、少年――遥馬理久(はるま・りく)はけだるそうに視線を向ける。
歴史の教師は不機嫌そうにため息を漏らした。
「お前。今説明したこと、聞いていなかっただろう」
続けて教師が説教を続ける前に、理久の唇が動く。
「神聖文字、神官文字、民用文字の三種」
教師が硬直する。
だが理久は止まらない。
「これらを使って古代エジプトは文明を発展させた。太陽暦の制定、ピラミッドの建設が代表的。 この三つの文字はその後ナポレオン遠征の際、ロゼッタストーンで……」
「待て、待て待て待て! もういい!」
教師が音を上げたことで理久は解説を止めた。
「なんだよ今の……」
「授業なんか聞かなくても知ってるってこと?」
「天才こわー……」
すました顔でクラスメイトたちのささやきを聞き流しつつ、理久は手を挙げる。
「なんだ、遥馬」
「オレよりも、彼を指すべきかと」
教室の後方を指さす理久。
そこには堂々と突っ伏して寝ている長身のクラスメイトがひとり。
教師はさらに苦い顔になってため息をつく。
「狩矢アキラか。そいつはもう諦めてる」
そして教師は授業へと戻る。
理久はふとアキラを見るが、彼はまったく起きる気配がなかった。
華奢な体つきに端整な顔立ち。だが何よりも伝わってくるのは物憂げな雰囲気だ。
眼鏡の向こうから覗く瞳には熱が無い。
普通の学生のように、退屈にあえいでいるのではない。
空虚な風が胸の内に吹いている。そう思わせる視線だった。
「遥馬、遥馬理久!」
名を呼ばれ、少年――遥馬理久(はるま・りく)はけだるそうに視線を向ける。
歴史の教師は不機嫌そうにため息を漏らした。
「お前。今説明したこと、聞いていなかっただろう」
続けて教師が説教を続ける前に、理久の唇が動く。
「神聖文字、神官文字、民用文字の三種」
教師が硬直する。
だが理久は止まらない。
「これらを使って古代エジプトは文明を発展させた。太陽暦の制定、ピラミッドの建設が代表的。 この三つの文字はその後ナポレオン遠征の際、ロゼッタストーンで……」
「待て、待て待て待て! もういい!」
教師が音を上げたことで理久は解説を止めた。
「なんだよ今の……」
「授業なんか聞かなくても知ってるってこと?」
「天才こわー……」
すました顔でクラスメイトたちのささやきを聞き流しつつ、理久は手を挙げる。
「なんだ、遥馬」
「オレよりも、彼を指すべきかと」
教室の後方を指さす理久。
そこには堂々と突っ伏して寝ている長身のクラスメイトがひとり。
教師はさらに苦い顔になってため息をつく。
「狩矢アキラか。そいつはもう諦めてる」
そして教師は授業へと戻る。
理久はふとアキラを見るが、彼はまったく起きる気配がなかった。
Scene02:ふと出た一言
放課後。
玄関ホールを出た理久はふと足を止める。
「アキラ! 行け!」
授業中に聞いた名前を耳にしたからだ。
反射的に理久はグラウンドに目を向け――。
「!!」
彼、狩矢アキラの姿に釘付けになった。
ラグビー部の練習だろう。アキラはボールを脇に抱え、ひとりで何人ものディフェンスを抜いていく。
力強く、それでいてしなやかな走りは野生の獣を思わせた。
その体格は多少のタックルをものともせず。
その瞳は傲慢なまでの闘争心にあふれていた。
理想的だった。
理久の思い描く、ラグビー選手として。
「…………」
ガシャリと音がする。
いつの間にか理久はグラウンドに近づき、フェンスを握りしめていた。
「ん?」
その音に、アキラが振り向く。
彼の視線が理久に据えられた。
「なんだお前? なんか用か?」
「いや、オレは……」
理久は顔を背けた。ただ見ていただけ、となぜか言えなかった。
アキラは何の疑問も持たず。
「そうか。じゃあな」
と背を向け、練習に戻っていく。
「……ひとつだけ」
理久は自分でも意識せず、言葉が口を突いて出た。
理久「重心、崩した方がいい。その方がかわしやすい」
アキラ「重心?」
理久「膝を柔らかくするってことだ」
アキラはその場で膝を曲げ、少し考えてから。
アキラ「ん、わかった。ありがとな」
それだけを言って、練習へと戻ってゆく。
理久はわずかの間だけ彼の背中を追っていたが、やがてグラウンドを離れていった。
玄関ホールを出た理久はふと足を止める。
「アキラ! 行け!」
授業中に聞いた名前を耳にしたからだ。
反射的に理久はグラウンドに目を向け――。
「!!」
彼、狩矢アキラの姿に釘付けになった。
ラグビー部の練習だろう。アキラはボールを脇に抱え、ひとりで何人ものディフェンスを抜いていく。
力強く、それでいてしなやかな走りは野生の獣を思わせた。
その体格は多少のタックルをものともせず。
その瞳は傲慢なまでの闘争心にあふれていた。
理想的だった。
理久の思い描く、ラグビー選手として。
「…………」
ガシャリと音がする。
いつの間にか理久はグラウンドに近づき、フェンスを握りしめていた。
「ん?」
その音に、アキラが振り向く。
彼の視線が理久に据えられた。
「なんだお前? なんか用か?」
「いや、オレは……」
理久は顔を背けた。ただ見ていただけ、となぜか言えなかった。
アキラは何の疑問も持たず。
「そうか。じゃあな」
と背を向け、練習に戻っていく。
「……ひとつだけ」
理久は自分でも意識せず、言葉が口を突いて出た。
理久「重心、崩した方がいい。その方がかわしやすい」
アキラ「重心?」
理久「膝を柔らかくするってことだ」
アキラはその場で膝を曲げ、少し考えてから。
アキラ「ん、わかった。ありがとな」
それだけを言って、練習へと戻ってゆく。
理久はわずかの間だけ彼の背中を追っていたが、やがてグラウンドを離れていった。
Scene03:狩矢アキラ
次の日の昼休み。
理久はひとり、屋上に腰掛けていた。
空を見上げ、購買で買ったパンを咀嚼する。味はよくわからない。
ふと、影が差した。
「よ」
のぞき込んでいたのは昨日見た顔。
狩矢アキラ。
彼はにやりと笑うとこう言った。
「お前、同じクラスだったんだな」
「入学して一月も経つのに、顔も覚えてないのか。狩矢アキラ」
「言うなよ。そういうの苦手でよ」
皮肉にめげないアキラに、理久はため息をひとつ。
「……で、何か用?」
「ああ、昨日の礼を」
「礼?」
「あの一言で走りが変わったんだ。すげえな、お前」
アキラの言葉に嘘は無い。
彼の屈託の無い笑顔がそれを証明していた。
理久はふと顔を背ける。
「たいしたことじゃない……」
「そうか? じゃ、もっと頼んでもいいか?」
「は?」
唐突な言葉に思わずアキラに視線を戻すと。
勢い込んで身を乗り出す彼と目が合った。
「だってお前、もっと引き出しあるだろ」
「……!」
「やっぱな」
図星をついたアキラは理久に指を突きつけ、そして言った。
「お前のテクニック、俺にくれ」
わずかな間。
理久はため息交じりに首を横に振る。
「オレじゃなくたっていいだろ」
「勘だ!」
帰ってきた答えはあまりに適当。
しかしアキラは自信にあふれた口調で言いきる。
「俺の勘は外れねえ。お前は、絶対俺に必要な男だ」
しかし理久は
「断る」
アキラの横を通り過ぎた。
「……もうラグビーはやめたんだ」
それだけを言い残して。
理久はひとり、屋上に腰掛けていた。
空を見上げ、購買で買ったパンを咀嚼する。味はよくわからない。
ふと、影が差した。
「よ」
のぞき込んでいたのは昨日見た顔。
狩矢アキラ。
彼はにやりと笑うとこう言った。
「お前、同じクラスだったんだな」
「入学して一月も経つのに、顔も覚えてないのか。狩矢アキラ」
「言うなよ。そういうの苦手でよ」
皮肉にめげないアキラに、理久はため息をひとつ。
「……で、何か用?」
「ああ、昨日の礼を」
「礼?」
「あの一言で走りが変わったんだ。すげえな、お前」
アキラの言葉に嘘は無い。
彼の屈託の無い笑顔がそれを証明していた。
理久はふと顔を背ける。
「たいしたことじゃない……」
「そうか? じゃ、もっと頼んでもいいか?」
「は?」
唐突な言葉に思わずアキラに視線を戻すと。
勢い込んで身を乗り出す彼と目が合った。
「だってお前、もっと引き出しあるだろ」
「……!」
「やっぱな」
図星をついたアキラは理久に指を突きつけ、そして言った。
「お前のテクニック、俺にくれ」
わずかな間。
理久はため息交じりに首を横に振る。
「オレじゃなくたっていいだろ」
「勘だ!」
帰ってきた答えはあまりに適当。
しかしアキラは自信にあふれた口調で言いきる。
「俺の勘は外れねえ。お前は、絶対俺に必要な男だ」
しかし理久は
「断る」
アキラの横を通り過ぎた。
「……もうラグビーはやめたんだ」
それだけを言い残して。
Scene04:だがしかし
だが翌日の昼休み。
再び狩矢アキラは屋上へと現れた。まったく悪びれない笑顔で。
理久は長いため息を吐き出す。
「昨日断っただろう……!」
「お前が必要なんだって。俺はひとりでやってきたからな。テクニックが必要なんだよ」
あっけらかんと言ってのけたその言葉に、理久は大きな衝撃を受けた。
「ひとりで……?」
独学であの走りを会得したというのだろうか。
だとすれば――。
「どうだ? 軽くでもいい」
「断るって言ったろ」
理久はやはり首を横に振る。
ラグビーからはもう離れたのだから。
くるりと背を向け、屋上から去っていく理久。
「あきらめないからな!」
そんな声が背中からかけられた。
再び狩矢アキラは屋上へと現れた。まったく悪びれない笑顔で。
理久は長いため息を吐き出す。
「昨日断っただろう……!」
「お前が必要なんだって。俺はひとりでやってきたからな。テクニックが必要なんだよ」
あっけらかんと言ってのけたその言葉に、理久は大きな衝撃を受けた。
「ひとりで……?」
独学であの走りを会得したというのだろうか。
だとすれば――。
「どうだ? 軽くでもいい」
「断るって言ったろ」
理久はやはり首を横に振る。
ラグビーからはもう離れたのだから。
くるりと背を向け、屋上から去っていく理久。
「あきらめないからな!」
そんな声が背中からかけられた。
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