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2011/6/8 開催記念号「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展いよいよオープン!」

2011年6月 8日

       ナショナル・ギャラリー展 入口.JPG

6月8日(水)、国立新美術館にて、
「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」がついにオープン!
83点の出品作品のうち50点が日本初公開という本展は、
パウエル館長をして「美術館史上、後にも先にもない」と
言わしめる前代未聞のフランス近代絵画展。「美術館の
顔である常設コレクションからは一度に12点以上を貸し
出してはいけない」という厳しい規則があるナショナル・
ギャラリーで、史上最多の9点が来日中という、まさに
奇跡の展覧会だ。


とはいえ、3月11日の東日本大震災が起きなければ、
本展開催の「ありがたさ」を、ここまで深くかみしめることが
できたかどうか? 私自身が疑問である。


読者の方々もご存じのように、大震災以降、日本で予定さ
れていた多くの展覧会が中止や、会期を含めた内容の変
更を余儀なくされた。その理由はやはり原発問題で、放射
線の影響を懸念した作品の貸出停止や、渡航制限による
アーティストや担当学芸員の来日不可、また作品管理に
最も重要な空調のための電気の確保の問題など、各美術
展の主催者がさまざまな対応を迫られた。


そんななか一貫して「展覧会開催」の方向で揺るがなかった
のが、ワシントン・ナショナル・ギャラリーだ。震災直後に開催
に向けたやりとりが普通に行われていたという肝の据わり具合
にも驚くが、「6月の東京展の開催が難しそうなら、先に京都か
ら開催すれば?」とまで提案されたというぐらいだから、先方は
日本での展覧会をやめる気などさらさら無かったことになる。


当たり前に享受していた日常が当たり前でなくなることに、なん
ともいえない荒涼感を抱いていた時、予定されていた展覧会――
しかも国家の重要文化財級の作品が続々出品されるビッグ・プロ
ジェクト――の準備が、何事もなかったように、粛々と進んでいく
様子を見聞きすることの安心感。これからこの展覧会をご覧にな
る方々も、まずは、この展覧会がつつがなくオープンしたことに、
普段とは違った感銘を受けられるに違いない。

      03_鉄道.jpg
      エドゥアール・マネ 《鉄道》
        1873年 油彩・カンヴァス
        National Gallery of Art, Washington / Gift of Horace
          
Havemeyer in memory of his mother, Louisine W. Havemeyer


というわけでまずは会場の雰囲気を見ていこう。ナショナル・ギャ
ラリーのシンボル「ロタンダ」を模した入口から会場に入っていくと、
そこに広がっているのは、バルビゾン派のコローから、印象派の
誕生を促したマネ、ドガ、バジールらの作品が並ぶ「印象派登場
まで」の第1章だ。ここでは早くも本展の目玉中の目玉、マネの
《鉄道》と対面することになるのだが、その前に展示されたシルク
ット姿の紳士たちの黒い群像《オペラ座の仮面舞踏会》も、当代
の風俗をあるがままに描いたマネらしい「モデルニテ(現代的)」
な作品。このマネを慕い、後の印象派の画家たちと深く交流しなが
らも、
普仏戦争に参戦し、29歳という若さで亡くなってしまったバジ
ールの作品では、黒人女性を描いた《若い女性と
牡丹》などが、観
る者に強いインパクトを残すことだろう。

         26_日傘の女性、モネ夫人と息子.jpg
  クロード・モネ 《日傘の女性、モネ夫人と息子》
   1875年 油彩・カンヴァス
   National Gallery of Art, Washington / Collection of Mr. and Mrs. Paul Mellon
           34_踊り子.jpg
    ピエール=オーギュスト・ルノワール 《踊り子》
      1874年 油彩・カンヴァス
     National Gallery of Art, Washington / Widener Collection
       38_青いひじ掛け椅子の少女.jpg
  メアリー・カサット 《青いひじ掛け椅子の少女
    1878年 油彩・カンヴァス
   National Gallery of Art, Washington / Collection of Mr. and Mrs. Paul Mellon


次の第2章「印象派」では、お馴染みの印象派作家の名品が続々
と登場する。まず第2室の華は、なんといっても印象派のスーパー
スター、モネの《日傘の女性、モネ夫人と息子》や《ヴェトゥイユの
画家の庭》。どちらもフランスの夏の風、大地の匂いを感じられる
作品だ。次の部屋に並ぶルノワールの作品は、愛らしい《踊り子》
や《アンリオ夫人》など、1870年代に描かれた感じのいい肖像画が
素晴らしい。このルノワールの壁面の反対側には、エヴァ・ゴンザレ
スやモリゾ、カサットなど印象派の女性画家たちの作品が展示され
ている。モリゾにしては珍しく濃密に描かれた《姉妹》のさわやかな
色調や、カサットの目の覚めるようなコバルトブルーが美しい《青い
ひじ掛け椅子の少女》にも目を奪われることだろう。

第3章「紙の上の印象派」では、印象派・ポスト印象派の画家たち
の素描や水彩画、版画27点がズラリと並ぶ。ワシントン・ナショナ
ル・ギャラリーでもめったに展示されない、貴重な作品を一望でき
るコーナーだ。

         72_赤いチョッキの少年.jpg
       ポール・セザンヌ 《赤いチョッキの少年》
        1888-1890年 油彩・カンヴァス
        National Gallery of Art, Washington / Collection of Mr. and Mrs. Paul Mellon,
       
in Honor of the 50th Anniversary of the National Gallery of Art
       セザンヌの風景画.JPG
          セザンヌの風景画
         自画像.jpg
     フィンセント・ファン・ゴッホ 《自画像》
       1889年 油彩・カンヴァス
       National Gallery of Art, Washington / Collection of Mr. and
      
Mrs. John Hay Whitney


そして第4章は、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、ゴッホなど「ポスト
印象派以降」の画家を紹介。セザンヌは《『レヴェヌマン』紙を読む
画家の父》や《赤いチョッキの少年》など、各時代の代表作がどっ
しりと展示場の壁面を占めているが、個人的に惹かれたのは、水
彩画のようにきらきらとした風景画2点。また亡くなる前年に描か
れたゴッホの《自画像》は、本展のテーマ・ソングを歌うアンジェラ・
アキさんが、ワシントン大学に在学中、寮の壁にその絵葉書を貼っ
て元気をもらっていたという作品だ。

上記以外にも素晴らしい作品は多々あるので、こちらはぜひ会場に
足を運んでご確認いただくとして、最後にひとつだけ言っておきたい。


        NGA展示風景.JPG
      ナショナル・ギャラリーの展示風景


 
それはここだけの話、「現地で見るより日本で見る方が、作品が良
く見えるかも?」ということだ。まず本展の展示は、壁面の色や、「幅
木(はばき)」という壁の下方の化粧材など、現地の展示場を彷彿と
させる演出がされており、その落ち着いた雰囲気を感じることができ
るようになっている。ただし、ナショナル・ギャラリーの印象派の展示
室は、いくつもの部屋で仕切られていることもあって、若干閉塞感が
あるのは否めない。その点、部屋
がゆったりと大きく天井が格段に
高い国立新美術館は開放的だ。

ワシントン・ナショナル・ギャラリーの印象派・ポスト印象派の作品は、
今まさに、国立新美術館の恵まれた環境の中で、より生き生きと、そ
の輝きを放っているのである。


プロフィール
木谷節子(きたに・せつこ)
アート・ライター。現在「ぴあ」「婦人公論」「マリソル」「Men's JOKER」などで
アート情報を執筆。アートムック、展覧会音声ガイドの執筆も多数。

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