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くにくにコラム

Vol.7 幻の「スポルディング・コレクション」

2016/02/23

ボストン美術館の浮世絵は、ビゲロー寄贈のコレクションのほか「スポルディング・コレクション」も有名です。これは製糖業で財をなしたスポルディング家の兄弟、ウィリアムとジョンの旧蔵品。大正時代に帝国ホテルを設計した建築家フランク・ロイド・ライトを通じて集めた6600点以上の浮世絵コレクションなのですが……。

さすがの保存状態を誇る、スポルディング・コレクションの歌麿。
三人娘のバックの雲母(きら)摺りがきれいに残っているため、少し傾けると光を反射してキラキラ光ります

1921年、本コレクションを寄贈する時に、兄弟が美術館に提示した条件は、とても厳しいものでした。すなわち、作品の劣化を防ぐために、館内であってもコレクションを展示公開してはダメ! 館外に持ちだすなんてもってのほか!! ……というわけで、実物は美術館の許可を得た研究者や美術関係者しか観ることのできない、幻のコレクションなのです。

こちらもスポルディング・コレクションの春信。
「“錦絵”とはまさにこのこと!」と言いたくなるような、鮮やかな若草色が残る美しい作品

美術館のデータによると「スポルディング・コレクション」で一番多いのは歌川広重の2383点。国貞は22点、国芳は8点! という少なさですから、スポルディング兄弟がいかに広重を重要視していたのか(もちろん日本で浮世絵を買い付けて、彼らに送っていたフランク・ロイド・ライトのアドバイスもあったのでしょう)がわかります。ボストン美術館浮世絵版画室長のセーラさんによると、この広重好みは、明治の終わりごろから西洋のコレクターに顕著になってくる世界的な傾向だそう。確かに、日本の景勝地を様々な構図で描いた広重の名所絵は、風景画の伝統を持つ西洋人にとって興味深かったのでしょう。そうなるとますます、ビゲローが購入していた国芳・国貞作品の希少性が際立ちますね。

幻だった「スポルディング・コレクション」は、現在はデジタル化され、
美術館の浮世絵展示室で、こんな風にコンピューターの画面を通じて観ることができます

さて、ボストン美術館では、これら浮世絵の修復にたずさわってるジョーン・ライト女史のスタジオも見学させていただきました。ライトさんは浮世絵ほかイスラムのミニアチュールなど、紙の美術品全般の修復をされているそうです。独自にコレクションしている古い和紙と医療用のメスを使って、浮世絵の虫食いの穴をあっという間に修復してしまう技術には目を見張りました。

医療用のメスを使って、浮世絵の虫食い部分を修復中のジョーン・ライト女史。
虫食い穴をふさぐ時は、長年集めた和紙のなかから、より適切なものを厳選して使います

<プラスワン情報>
「スポルディング・コレクション」は、一部美術館のホームページから観ることができます。興味のある人は、こちらからどうぞ! https://www.mfa.org/node/9540

木谷節子 プロフィール

アートライター。現在「婦人公論」「SODA」「Bunkamura magazine」などでアート情報を執筆。
アートムックの執筆のほか、最近では美術講座の講師もつとめる。

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