晩秋の京都の呉服屋で、作家の村尾菊治は人妻の入江冬香と初めて出会う。菊治は、冬香を店員と間違え、着物を見立ててもらうのだが、その翌日、取材先の真如堂で、編集者の魚住祥子から、祥子の大学の後輩で、菊治のファンだと紹介されたのが、その冬香だった。冬香は今時の女性には珍しく古風な着物姿で、少女のような微笑が印象的だ。
木々が風にそよぐ様を見上げた冬香が、まぶしそうに目を細め、両手で顔を覆う。その優雅な手の仕草に、菊治は冬香がおわらを踊ったことがあるのではと思い、尋ねる。祥子は菊治の言葉に驚く。
「すごいわ、先生。冬香は富山の出身で、小さいときからおわらを踊ってたのよ」
「一度、見てみたいな」
「いえ、もう随分踊ってないので」
はにかむ冬香を菊治は愛しく見つめる。その時、二人は恋におちてしまう。
菊治は自分の心のままに冬香への愛情を表す。家庭のある冬香は、いけないことだとわかっていながら、菊治に惹かれる気持ちを抑えきれない。冬香の夫の東京転勤もあり、菊治と冬香は何度となく逢瀬を重ねるようになり、身も心もひとつになる。
冬香は菊治と抱き合っていると、これまで味わったことのない至福を覚え、ついにはエクスタシーの最中、「殺して」と菊治に懇願するようになる。
しかし、至福の時は永遠には続かない。菊治は病に倒れ、冬香は情事が夫や義母にばれ、修羅場となる。
作家でありながら長い間、新しい作品が書けなかった菊治は、病院で冬香との愛の軌跡を綴り始める。
冬香は菊治への断ち切れない思いを抱きながらも、子供の為に、徹とやり直そうと思い始める。
そんな冬香の元に、菊治が書きあげた『虚無と熱情』が届けられる。
冒頭に「愛するFに捧げる」とあり、綴られた二人の愛の物語に、冬香は心を打たれる。
そして二人は再び愛の日々を送るようになる。
だが、神宮外苑の花火を二人で見たその夜、冬香はこれまで以上に上り詰め、「殺して」と心の底から望み、声にする。
菊治は冬香の望みを叶えてあげたいと願い、その首に手を伸ばす。
そして、二人は愛の極みにたどり着くが、菊治が我に帰った時、冬香は遠くへ旅立ってしまっていた。
菊治は冬香の死がにわかには信じられない。
ただ冬香をよくしてやりたくてした自分の行為が冬香を殺してしまったその事実に打ちのめされる。
菊治は冷たくなっていく冬香を抱き、最後の一夜を過ごし、警察に自首する。
その菊治の事件を担当することになるのが、検察官の織部美雪だ。美雪は冬香とは正反対のきりりとした美人。
エリートで正義感も強い。首の骨が陥没していたという事実から、美雪は菊治が冬香を憎んでいたと推測する。だが菊治は、
「僕は冬香を愛していた。冬香が殺してっていうから、僕はこの手で冬香を……」
と何度も繰り返す。美雪は菊治が罪を軽くしようとしてそう証言しているのだと考え、それを実証する為に、冬香や菊治の関係者に会いに行く。
周囲の人の証言や菊治と面談を繰り返すうちに、美雪の心がしだいに揺らぎ始める。菊治は愛ゆえに殺人を犯したのかもしれない、と。だが、解消されない疑問があった。
何不自由ない家庭の主婦で、年端も行かない子供のいる冬香がなぜ死を望んだのか?