塗り箸とは・・・
箸に漆・合成樹脂を塗ったもの。漆を塗り重ねた箸には独特の光沢があり慶事などに用いられる。
抗菌・防腐性がある漆を木の表面に塗ることで箸が繰り返し使えるようになる。江戸時代から盛んにつくられるようになった。

漆職人
秋葉良栄(あきばよしえい)さん 59歳
この道40年で、ウルシ栽培から漆塗りまでを行っている。
福島県喜多方市で 漆以外の塗料は一切使用せず、全て手作業にて製品を作り続けている。学校、幼稚園、保育園など給食用の皿やお椀塗りを手がけるなど漆器業発展の為に寄与している。
秋葉さんの漆をかくスピードは驚くほど速く、圧倒されるばかりだった。ウルシをかく時に使用しているシャツの汚れ具合が、とてもかっこよかった。




<ウルシかき>
明雄さんの傘寿のお祝いに「塗り箸」を作るため、福島県喜多方市のある工房を訪ねた。工房には様々な漆製品が置いてあった。
さっそく、漆職人の秋葉さんに「塗り箸」を作りたいと相談してみると、「難しいんじゃないか」と言われてしまった。
それは、天然樹脂塗料である漆はウルシノキの樹液で、乾燥前のウルシに触れると、主成分ウルシオールによってウルシかぶれを起こしてしまう可能性があるからだ。
そんな中、扱いには充分に気をつけることを条件に、ウルシかきの現場喜多方市うるし造成林に案内してもらえることになった。
現場に到着すると、ウルシを採取した跡があるウルシノキが何本もあった。黒い部分はウルシが酸化して固まったもの。
ウルシは、6月から10月まで4〜5日おきに1本ずつ傷を付けて、樹液が出やすいように仕立てながら採取する。
さっそく秋葉さんの指導のもと、ウルシかき鎌で樹皮をえぐり取るように溝をつけ、「めさし」という道具で傷をつけると、ウルシ腺が切れて白色の綺麗な樹液が出てきた。樹液が出たら、下にこぼれ落ちる前に専用の「へら」でかき集め、それを桶にためていった。
ひとかきで採れる量は、0.5〜1ml程度。目指す分量は300ml。2日間でウルシ350gを採取することができた。これぐらいウルシがあれば塗り箸には充分な量ということで、さっそく村に戻り精製の作業に移る。


<ウルシの精製作業>
ウルシの精製は、【なやし】と【くろめ】という2つの工程に分類される。
まずは「ナヤシ」という作業にとりかかる。
「ナヤシ」とは、ウルシをかき混ぜることで成分を均一にする作業。ナヤシを行うと、ウルシ液が滑らかになり、塗るときに綺麗に伸びる。
かぶれる危険性がある緊張の中「ナヤシ」の作業は順調に進み、次の「クロメ」という作業に取り掛かる。
「クロメ」とは、漆液中の水分を蒸発させる作業で、天日・炭火・遠赤外線などにより40℃以下に保って行われる。なぜなら50℃を超えるとウルシの中に含まれる酵素が破壊されてしまうからだ。
これは通常は機械で行う作業で、かぶれる危険もさらに高くなる。細心の注意が必要ということで、目にはメガネをかけ、顔全体をタオルで覆い、重装備の中作業を行った。
温度が上がらないよう根気よく2時間混ぜ続け、ようやくウルシに黒い光沢が出てきた。全体がチョコレート色になったら終わりの合図。さらにふちについたウルシを見てみると、既に透明になっていた。
無事「クロメ」も終了し、さらに上質なウルシに仕上げるため、和紙と木綿の布で濾す。一滴ずつ集めたウルシを最後の一滴まで無駄にしないよう搾った。
最後まで絞り、布の中を見ると木のカスだけが残っていた。
絞ったばかりのウルシはまだ泡が残っており、消えて落ち着くまでしばらく置くことに。その間に箸の材探しを行う。

<箸づくり>
秋葉さんに箸の材料に関して相談したところ、塗り箸に適した木は1年以上乾燥させた木でないと難しいということで、里山・麓の材木置き場で、箸に適した木材を探すことになった。
山積みになっている木の中から、固くて緻密な「ヤマザクラ」の木を発見。これで、丈夫な箸づくりを目指す。
箸の長さは、「ひとあた半」がちょうどいい長さと言われている。
「ひとあた」とは親指と人差し指を直角にした時の長さで、その1.5倍が「ひとあた半」と言われている。
明雄さんに悟られないように、農作業中に手の長さを測って見ると、16cmだった。箸の長さは、16cmの1.5倍で24cmに決定。
早速箸の加工を始める。明雄さんの箸と、ついでに自分たちの分の箸もつくる事に。作業開始から約2時間、ようやく1本削り終わった。しかしこの日だけでは終わらず連日箸を削る作業が続いた。
明雄さんと自分たちの分を合わせて合計7膳の箸を削り終わった頃、休ませておいた漆がちょうど泡が消え、透明感があり滑らかな状態になっていた。



<塗り(木固め)>
漆は使う分だけ分け、揮発精油テレピンを入れて薄める。なぜなら、漆塗りの方法は様々あるが、漆は薄く塗り重ねては研ぐ作業を繰り返さないと丈夫で美しい仕上がりにはならないから。
木の表面には細かい凹凸があり、そこに漆を塗り重ねてはサンドペーパーなどで研ぐ事で凸凹がなくなると同時に、うるしの密着度も増し平らで滑らかな面となる。
そこでまずは、木に漆をしみ込ませる「木固め」と呼ばれる塗りの作業を行う。
これで、木が湿気を吸ったり乾燥したりしなくなり、変形を防ぐ事が出来る。
薄く塗るのがコツということで、秋葉さんに塗りに使用する刷毛の使い方を習い、1本1本丁寧に塗り上げた。これを1日置いて乾燥させる。

<乾燥>
漆の乾燥は水分の蒸発ではなく、漆に含まれる酵素ラッカーゼが空気中の酸素を取り込む事で、化学反応を起こし漆が固まる。漆を塗った後、一定期間はラッカーゼが活発になる湿度と温度に保つ必要があり、通常「うるし室」と呼ばれる戸棚に入れて 温度や湿度を管理する。
村では戸棚のかわりに、塗り終わった箸を入れておく箱を用意した。湿度が足りない時は箱の内側を濡らせば湿度を補えるし、ホコリよけにもなる。箱の中で1日置いて乾かした。その後もう一度塗りを行い、無事木固めは終了した。

<塗り3回目>
木固めで塗りを2回行ったということもあり、既に木に漆がしみ込み、ツルツルの状態になっていた。そこにさらに漆を塗り、下塗りが完了した。

<カンナで補修>
初めての研ぎの作業の前に、まずは塗りの状態を確かめる。
よく見ると、漆にシワが寄ってザラザラになっていた。
秋葉さんに相談してみると、今なら専用のカンナで少し削れば大丈夫ということで、3回の塗りが台無しにならないよう、慎重にカンナでシワの部分を削った。

<研ぎの作業>
表面の細かな凸凹を取るため、水で濡らした紙ヤスリで箸を研ぐ。
作業表面を滑らかに均一にすると同時に、表面に細かな傷を作る事で漆との密着を高める。光沢はなくなったけれど、凹凸もなくなり、次に塗り重ねれば滑らかな表面になる。
1回目の研ぎが終わり、ここからは「塗り」「研ぎ」の繰り返しだった。

<本塗り>
最後の塗り「本塗り」までやっときた。失敗できないのが本塗りの難しさで、薄く塗らないと縮みが残り、またホコリを立てると、箸にゴミがつくため極力体も動かさずに塗ることが重要。緊張しながら、7膳の箸を仕上げた。
今までにない光沢で思わず見とれてしまった。
本塗りは2〜3日は乾燥が必要ということで、しばらくの間いつもの「うるし室」に入れ待つことに。

<箸置きづくり>
箸を置くには欠かせないアイテムということで箸置きも7膳分、自分たちの手で削り、箸同様、漆を塗り仕上げた。

<絵付け>
本塗りの出来を確かめると、多少のムラはあるものの縮みは無く、中々の出来となった、私の箸だけは縮みが残った。そして、塗り箸の最後の作業、箸の長さを明雄さんのサイズ「24cm」に切り、天井部分を仕上げる。切った断面にも漆をつけてようやくすべてが塗りの作業が終わった。
秋葉さんが、傘寿の祝いの色ということで「紫の漆」を用意してくれたので、本塗りを終えた箸に、八十の祝いの文字・それぞれの名前・模様を入れた。この箸が使えるのは一月後。しっかり乾燥を待つ。


<塗り箸 完成>



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