マコモタケ
マコモタケは日本を始め、中国の東部から東南アジアに広く分布しているイネ科の多年草。草丈は約2メートルになる。
日本では、稲作が伝来する弥生時代まで人々の食糧とされていた。また、茎葉を乾燥させて神仏の祭事や蓑(みの)、筵(むしろ)などの生活の道具として用いられた。さらに根元部分に黒いマコモズミが発生し肥大する。精製して採取すると伝統工芸品などに使用される。
最近では、河川や湖沼の水質浄化に利用されている他、食用のマコモも栽培され料亭や中華料理店で高級食材として食べられている。

2008年4月 株分け
村で作るお茶用にと、茶盆作りに取り掛かり始めたのは2年前の春。陰影技術を活かし立体感を出す鎌倉彫を手本にした茶盆を作る事に。そこで重要になるのは漆と染料。その染料には、古色づけとも呼ばれる古の作物マコモから採れるマコモズミを使う。
古くから生活必需品として重宝されていたが、今となっては珍しいマコモ。先代村人の安部は千葉県利根川流域に向かい、マコモについて教えて頂くだけでなく、貴重なマコモを株分けして頂いた。

マコモズミが出来るしくみ
マコモズミの正体は植物寄生菌の一種である黒穂菌(くろほきん)。もともとマコモの地下茎に存在する黒穂菌が地上部の茎に侵入、増殖し細胞を刺激する事で茎が膨らむ。黒穂菌が胞子となり結合し、黒く変色したものがマコモズミ。

2008年5月 定植
株分けして頂いたマコモを定植する。場所は田んぼの南側、ぬかるんだ土壌を利用する為、かつてレンコンを植えた池に植える。マコモを栽培する上で、最も気をつけなければいけない事は水温管理。黒穂菌の活動が活発となる15〜25℃を目安に水温を保つようする。

2008年6月 生長様子見
空梅雨で晴れ間が多かった一昨年の6月は葉が大幅に伸びた。明雄さんから分けて頂き、一緒に栽培していた食用のマコモは生長が早く、二週間で95cmにまで達する勢いだった。食用のマコモは、マコモズミを採取するマコモと同じ植物だが、食用に黒穂菌の繁殖が少ない株を選別した栽培用の品種。

2008年8月 アゾラ対策
この年の夏は30℃以上の猛暑日が続き、池全体の水温も栽培基準の30℃を越え、32℃まであがってしまった。すぐに水を入れ冷やし、かつて村でも活躍したあれを使って、さらに対策をする事にした。
あれとは、田んぼの初代パトロール隊のエサにも活用した通称アゾラ。今回は水面に一気に繁殖する性質を利用し、水温が上昇する原因である日光の遮断とマコモの養分を吸ってしまう雑草予防として活用。
数週間で池を覆ったアゾラ効果で水温を10℃以上下がり、さらに除草効果もあり雑草の繁殖も抑えられていた。


2008年9月 いもち病/食用マコモ収穫
猛暑続きの夏とはうって変わり、秋になると長雨の日々が続いた。長雨の影響で田んぼにいもち病が発生し、同じイネ科であるマコモにまで拡大してしまった。特に影響を受けたのは野生種のマコモ。このまま葉の感染が広がれば、生長に遅れが出てしまうので、感染した葉を除去する事に。
一方、いもち病の影響が少ない食用のマコモには期待の変化が現れた。根元付近がぷっくりと膨れていた。これは収穫の合図であり、この部分を食す。早速、穫りたてを頂くとタケノコのような味に、リンゴのようなサクサクした食感でおいしい。これを水煮にすると長期保存ができる。


2008年10月 野生種マコモ様子見
生長の遅れていた野生種のマコモは葉が枯れ始め、これが枯れきる頃に収穫する。膨らみ始めたマコモを切り、断片を見てみると黒い粉状の物が。野生種マコモの生長も進んでいるようなので、もう少し様子を見る事にした。

2008年12月 収穫
野生種マコモは完全に枯れきり、いよいよ収穫。収穫した野生種マコモは合計18本。これを概ね半年間は乾燥させ、水分を完全に抜くとマコモズミが粒子の細かい胞子状態になり、無駄なく採取出来る。お盆づくりの準備も進めつつ気長に乾燥を待つことに。



鎌倉彫
カツラやイチョウなどの木を用いて生地を形成し、書きこんだ線の外側を彫刻刀で落とし文様を浮き上がらせ、文様以外の部分には各種の刀を使い刀痕(とうこん)をつける。木漆を生地にしみ込ませ、研ぎを施しながら漆を塗り重ねていき下地を作る。下地となる漆の乾燥を見極め、マコモズミを塗り陰影をつけ、磨き上げれば朱塗りの一種で、日の丸の色である本朱のお盆になる。

工程@ マコモズミの乾燥確認
野生種のマコモを収穫して1年が経過した2009年の11月、じっくり乾燥させたマコモの中を見てみると、完全に水分が抜け茶色く粒子の細かいマコモズミが。マコモズミを採取する準備が整ったので、いよいよ茶盆作りが始まった。


工程A 木地探し
塗り箸でもお世話になった漆職人の秋葉さんにご指導頂き、村の廃材で適した木材を探す。秋葉さんが薦めてくれた木材はトチノキ。トチノキは材質が均等で乾燥しても変形が少なく、木地を加工しやすいそうなので、トチノキでお盆を作る事にした。

工程B 木地加工
一般的な給仕盆サイズの30cmを目安にトチノキを切り、縁を5mmの幅で残し、1cm程の深さになるよう内側を彫り削る。しかし、5mm幅の縁を残し掘り進めるのはなかなかの至難の業。少し力を入れ過ぎ縁までも削り落としてしまった。


工程C 修復-米粉漆
削ってしまった縁は修復が可能。男米のクズ米を利用し糊にして漆と混ぜると米のデンプン質が強力な接着剤になる。米粉漆ができあがり、たっぷりと塗り、押し固める。こうする事で漆がさらに木地に吸われるので強度が増し補強される。


工程D 下地塗り
漆を塗り乾燥させたものを研ぐ。これを3回繰り返し、その度に漆が木地に染み込むので木地の強度が上がる。


工程E 色漆
酸化鉄などの鉱物の原料に漆を混ぜ、色漆を作り、3回目の下地塗りで使用する。色漆には本朱、ベンガラ、山吹、レモンイエロー、コバルト、緑、白などの色がある。鎌倉彫は中心の色が朱色になるので、朱色を軸に色漆を使用すればマコモズミが際立つ。


工程F マコモズミ蒔き付け
いよいよマコモズミを使う時が来た。ただ、蒔き付けるタイミングが最も重要で、最も難しい。漆を塗った直後にマコモズミを蒔き付ければ、漆の中に埋もれてしまいマコモズミを漆がかき消してしまうが、逆に漆が完全に乾いて固まってしまうとマコモズミはうまく付着しない。そのため、マコモズミを蒔き付けるタイミングとして漆が乾き始まった頃に蒔き付けると、漆の表面にうまく残り、凹み部分に残ったマコモズミが陰影となって浮かび上がる。
乾燥の適性温度は20〜30℃、適正湿度は70〜75%。七輪を炊きおしぼりを添えて待つ事6時間、大分表面が乾いて来たので息を吹きかける。吐息は乾きの目安。吐息が表面にかすかに白く残った頃が吹きかけ時。脱脂綿を木綿で包んだタンポでマコモズミを軽く、そして手早く叩き付けていく。

工程G マコモズミの磨き
乾かす事一週間。乾燥したお盆はさらに黒みを増していた。これを磨き砂で磨けばあの独特な陰影が出て来るはず。
丁寧にマコモを擦り削っていくと無事あの陰影が浮き出て来た。


工程H すり漆
ツヤ出しと補強を兼ねた仕上げに拭き漆を施す。磨き上げたマコモズミの上から漆を一塗りすると光沢と共に深みも増し、村オリジナルの特製茶盆が完成した。


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