タイルとは
陶器や磁器と同じように1000℃以上の高温で作られる焼き物の薄板。多くは正方形や長方形などの形をしているが、玉石型など様々な形のものもある。色のバリュエーションも多く、絵柄が描かれる事も多い。耐久性に大変優れていて、劣化・変色・変質がほぼない為、外壁や床に使用される。さらに、防水性にも優れている為、風呂場や台所などの水回りにも重宝されている。耐摩耗性があり汚れも付きにくい。中東やヨーロッパ諸国では、建造物の装飾的な意味合いが強いが、日本では昭和以降、主に水回りを中心に普及した。
歴史は古く、ジェセル王を祀るピラミッドの地下通路に使用されていたことから、紀元前2650年頃の古代エジプトにはすでに存在していたと言える。日本におけるタイルの起源は、飛鳥時代に中国から伝わった塼(せん)(レンガのように構造材として使用されていた)であると言われているが、日本で使用された例は少ない。江戸時代末期、日本でもレンガが使用され始めたのをきっかけに、レンガをスライスして壁に張り付ける「張り付けレンガ」という物が使用されるようになった。その後、明治時代にイギリスからタイルが輸入されたのを機に、レンガは「積むもの」、タイルは「張るもの」として分類された。しかし、「模様付瓦」や「化粧煉瓦」など20種類以上もの呼称があったため、1922年(大正11年)に呼称問題になり、結果「タイル」という名称で統一された。
タイルの語源はラテン語の「tegula(テグラ)」で、物を覆うという意味。タイル(tile)は英語。


2011年1月
12年目を迎えるDASH村では、今だに水場と言えば村長が常駐する湧き水のみ。米を研いだり食器を洗ったりする時は、その都度外に出て行かなくてはならず、常日頃から不便さを感じていた。さらに、極寒の村の湧き水は刺すように冷たい。そこで、念願の水場を屋内に作ろうと本を見ながら話し合いを進めた。本によると、昭和初期頃に沢水をひくための樋や飲み水用として井戸ポンプを流しの周辺に設置するなど工夫されていたそうだ。それを参考に、調理をするかまどの近くに流し台と水瓶を使った浄化装置を設置する事にした。
まず、取りかかったのは流し台。タイルをつくる所から始まった。


タイル成形
陶器や磁器の時もご指導して頂いた長橋さんに今回も協力してもらい、タイルづくりを開始した。長橋さんのアドバイスから磁器質のタイルをつくる事にした。磁器質のタイルは汚れを弾き、耐水性も抜群に良いらしい。
ガラス成分の多い磁土と、それに牧草地脇の斜面から採取した赤土を混ぜたものも用意した。赤土の金属成分がタイルをより焼き締める。さらに、焼き上がるとほんのり赤色に染まるらしく、地の色がついたタイルが出来るのだ。
赤土の不純物を取り除き、ムラにならないようしっかりと混ぜながら捏ねる。これがなかなかの重労働。粘土は固く、なかなか容易に捏ねられない。

次に、タイルのサイズを統一するために、木で型をつくる。
その型に粘土を敷き詰め、上から圧力を加え、空気を抜きつつ圧縮する。あとは枠からはみ出た余分な粘土を除き、型から粘土を取り出す。しかし、粘土を無理にならそうとすると、曲がったり、ヒビが入ってしまったりするので、慎重な力加減が難しかった。
一日では終わらず、数日かけてタイルづくりは続いた。担当は長瀬さんと明雄さん。
今までつくっていたタイルは、サイズの異なる四角いもの。その他に長瀬さんが新たに変わった形のタイルを考案した。それは形が違うタイルを組み合わせヒマワリの形にしたものだった。花びら・葉っぱ・茎と形を工夫して作った。長瀬さんが特にこだわったのは、種の部分。この部分だけ赤土が混ざった粘土を使用して、焼き上がりに地の色を活かす予定。
このヒマワリの完成で合計250枚のタイルの成形が終わった。赤土入りを含め、大中小とサイズが異なる四角いタイル+ヒマワリ柄と明雄さんがつくった玉石型など様々なタイルが並んだ。このタイルを長時間かけて中まで自然乾燥させる。


乾燥様子見
2週間ほど経ち、乾燥具合を確認する事にした。
色が変わり、感触も2週間前とは全く違ったものになった。指で叩いてみるとカンカンと甲高い音が響いた。もうすでに水分は抜け、乾燥しきったようだった。
ただ、よく見てみると中には反ったタイルやヒビが入ったタイルもあった。
反り上がったタイルは、成型時の力加減が影響しているらしく、乾燥にムラが出来てしまった。ヒビが入ってしまったタイルは、乾燥時にタイル中の水分が凍みてしまったせいらしい。
ただ廃棄しなければならないという訳ではなく、一緒に本焼きまですれば、すき間を埋めるタイルとして活用出来るとの事だったので、250枚全て素焼きする事にした。

素焼き
2年前、磁器を焼いた登り窯で250枚のタイルの素焼きを行う。
素焼きの時間は12時間ほど。850℃まで窯の温度をあげてタイルを焼き締める。僕にとって、窯焚きは初めての体験。850℃なんて温度は、想像もつかない未知の世界。なのに、まだまだこれは序の口らしく、本焼きでは数倍の時間を要して、1250℃まで焼き仕上げなければならないらしい。本当にすごい世界だ・・・。
窯焚き班長の太一さんを補助しつつ僕も窯に薪をくべる方法を教えてもらった。薪をくべると一時的に温度が下がるが、薪が自ら燃え上がるようになれば、みるみる温度が上昇する。
薪が燃焼しきると、また温度が下がり始めるので薪をくべる。これを繰り返して徐々に温度をあげている。太一さんと火守りをしつつ、長橋さんが焼き物の事、窯焚きの極意など色々と教えてくれた。当たり前だが、僕の知らない世界がまだまだ五万とある。「熱い、熱い」と叫びながら火をくべる自分に、真剣な眼差しで火を見つめながら、火を読む長橋さんと慣れた手つきで薪をくべる太一さん。その差に自分はまだ未熟者でひよっ子だと思ってしまった。

素焼き後の様子見
夜通し火守りを続け、終わる頃には朝を迎えていた。予定よりも2時間長い14時間で目標温度の850℃まで達し、無事素焼きを終えた。
窯が冷めるのを待ち、中のタイルを確認する為、窯から取り出した。
歪みや割れが生じる事なく綺麗に水分が抜け、素焼きはうまくいっていた。色合いも良く、赤土入りのタイルは感じのいい風合いがうまく現れていた。


釉薬
素焼きを終えたタイルに釉薬を施す。釉薬をタイルに塗る事で耐水性と強度が増す。
釉薬には色づけする役割もあるので色が違う釉薬を使用すれば、サイズの他に色のバリュエーションも豊富になる。まず赤土を混ぜたタイルは、素焼きの風合いを大切にするため透明の釉薬を使用して、赤土の入っていないタイルは水色の釉薬を塗る事にした。ヒマワリの花びらは黄色に、茎と葉は緑色、そして、種の部分は透明の釉薬を使用した。釉薬が乾くのを待ち、本焼きを開始する。


本焼き
素焼きでは窯の温度を850℃まで上げたが、本焼きの目標温度は1250℃。1250℃まで上げるには2日間はかかる。素焼きと違い、上薬が溶けて重ならない様、気を配りつつ並べた。最後に窯の温度を知る目安になる「ゼーゲルコーン」を2つ置く。一つは1230℃、もう一つは1250℃で曲がるように設定されているので、窯の中の温度が1230~1250℃に達すると倒れたり、グニャリと曲がり始めるので、目標の温度に達したかどうかを見極められる。窯口をレンガで閉じたら、いよいよ火入れ。
ここから火を絶やす事は出来ないので、2日もの間、火との戦いが始まったことになる。素焼きの経験から、窯に薪を足す作業は大分慣れていたけれど、やはり熱い!どうしても、焚口を開く度に「熱い」という言葉が口から漏れてしまい、明雄さんに「熱いのは当たり前だ」と何度も言われてしまった。ただ、本当に熱いのだ。うっかり体勢を高くしたまま薪をくべてしまうと、炎は窯口の上部を通って漏れるので髪の毛が燃えかねない。現に、うっかり高めにしてしまい巻いていたタオルが焦げ付いた。
交代しつつ、日中夜通して一度も休む事なく薪をくべ続けた。温度は上昇し続け、未知の領域である850℃を超えて、三日目の朝になった。タイルは3つある部屋の真ん中、通称「2の間」に並べられている。今まではその隣、「1の間」に薪をくべて窯全体の温度をあげていたが、今度はタイルを並べた「2の間」に直接薪をくべる。「2の間」は炎が充満し、窯の頂部にあいている穴から炎が漏れ出していた。明雄さんが言うには「火の花が咲いた」この現象は、薪をくべるタイミングを教えてくれる。つまり、火の花が咲いているときは炎が充満しているから薪をくべる必要がないが、咲かなくなったら温度は下がり始める。ここまで高温になると一時間に10度ずつしか上がらなくなる。中の様子を小窓から確認すると、タイルは炎の色に染まっていた。そして、3日目の朝、ゼーゲルコーンを確認すると1230℃に設定されたモノはぐにゃりと曲がり、もう一つも傾き始めていたので、1250℃まで到達ということ!タイルは釉薬も融け、無事焼き上がっている・・・はず。薪をくべるのを止め、温度が冷めるまでは中のタイルの状態を確認出来ない・・・。


タイル完成
2日後の朝、窯も冷めたのでタイルを取り出し確認した。
すると、タイルは見事に焼き上がり、色・肌触り・音と素焼きの時とは全く違っていた。
釉薬で色付けした色も見事に浮き上がっていた。しかし、どれも濃淡が違い、一つとして似たような物はなく手作りならではなタイルになった。
無事、タイルも完成し、あとは流しに貼付けるだけとなった。



流し台の土台づくり
タイルづくりと同時進行で流し台づくりも進んでいた。古材を削り、磨き上げて再利用する。
土台は釘を使うと錆びやすいので、ホゾを切って組み立てた。出来た土台には防腐・防水効果も期待して塗料を塗る。まず、ベンガラと松煙を混ぜ、色止めの柿渋を加えた物を塗った。

ベンガラ
酸化鉄から作られる赤色の顔料。ベンガラの粉が木材の溝を埋めるので、防腐・防虫効果がある。

松煙
黒色の顔料。樹脂分の多い松材を燃焼させて作った煤(すす)。ベンガラの赤を抑え、渋みを生む。

柿渋
顔料の色止め。青い渋柿が原料。渋柿が多く含むタンニンには、防腐・防水・防菌効果がある。

水回りの土台なので、さらに防水性をあげる為に蜜蝋とエゴマ油でつくった天然のワックスで表面をコーティングした。村で採れた、村ならではの天然ワックスは撥水性が充分にあり、水がついたままでも半日は弾いたままだ。



脇坂 博さん62歳
15歳から左官業に携わっている、この道47年の達人。流しのシンクの作り方、タイルの張り方をご指導して頂いた。スピーディーにテキパキと作業しつつも、丁寧でしかも仕上がりが本当に綺麗。特に、セメントの塗り方は、どう頑張っても真似出来ないほど、熟練していた。

下地となるシンクづくり
土台も完成し、今度はタイルを貼付けるシンクづくりに取りかかる。ここで強力な助っ人・脇坂さんを招き協力して頂いた。脇坂さんは長橋さんの知り合いで、この道47年のプロ。
シンクの下地となるものは、脇坂さんに持って来て頂いた木毛セメント板。木毛セメント板は木片を圧縮してセメントで押し固めたもの。セメントと接着しやすく加工もしやすい事から、流しや浴槽の下地材として活用されていた。
この木毛セメント板をのこぎりで切り、型通り組み合わせ番線で固定する。そこに下地固めとして川砂を混ぜたセメントを塗る。このセメントを塗る作業も達人にかかればスピーディーかつ、丁寧で綺麗。さすが達人、慣れた手付きだった。
排水する為の穴を正面から見て左奥に開ける。そして、この排水口を目指して水が流れるように、シンクの底の部分には若干の傾斜を設けなければならない。それが100分の1勾配。通常、流しや風呂場など緩やかに水が流れる傾斜に利用される勾配。肉眼では分からないくらいの傾斜なので、達人の感覚と水平器に頼る他ない。
さらに、達也さんの考案でさらにこだわった点がある。シンクの左サイドの縁には凹みがあり、その部分に編んだ青竹を置いて、作業場所兼、食器の水を切る水切り台が設けられた。さすが達也さん、考える事が違う。




タイル張り
タイルも出来上がり、シンクの下地も乾いた所で、いよいよ最終段階。タイルを張り付ける。まず接着用の砂セメントを土台に薄く塗り、その上にタイルを並べる。セメントを塗る時に凹凸が出来るように塗ると、タイルが張り付きやすくなる。
デザインを考えつつ、タイルを張る。村でつくったタイルはどれも同じ物は一つもなく、個性的。それはすごくいい事なのだけど、水分の抜け方で大きさもそれぞれ微妙に異なり、設計と誤差が生じ始めていた。しかし、この誤差は張り付けたタイル同士のつなぎ目となる目地という部分で調整出来る。一面に取りあえずタイルを張り付け、最終的にタイルを少しずつ移動させて調整する。
そして、釉薬を塗った時、達也さんが絵付けしていた「DASH」の文字を正面にデザインした。
これで側面が出来上がり、いよいよあのヒマワリの出番。ヒマワリの場所を最初に決めて、砂セメントの上に並べる。ヒマワリの周りには水色の玉石型のタイルを並べ、余ったすき間にはひび割れしたタイルを砕き並べた。タイルを一枚も無駄にせず大切に使い、全ての面を張り終えた。側面の水色と白のコントラストも綺麗だが、僕は、流し台の底のヒマワリとその花びらが舞い散っているデザインが特にお気に入り。さすが、達也さんと太一さんだ。内側の側面にも花びらを付けた事で一気にデザインが立体的になって、本当に素晴らしい物になったと思った。


白セメント~流し台完成
まだまだ完成ではない。最後に白セメントをタイルの上から塗り、タイル同士のすき間を埋める。達人によると、あとで磨けば絵柄は浮き出るそうだが、白セメントにあのヒマワリが埋もれてしまって、一抹の不安を覚えた。しかし、塗り終わり、表面を磨くと徐々に現れるヒマワリ。さらに、すき間が埋まった事で絵柄がより綺麗に浮かび上がり、はっきりとした。
最後に、心配していたあの部分をクリアにする事にした。それは、流した水がちゃんと排水口まで辿り着けるか?という事。勾配がきちんと出来ず、水がどこかに溜まるようでは困る。

大丈夫だとは思いつつも不安に見守っていると、無事排水口から水が流れて来た。これでようやく完成にまで至った。
村オリジナルの流し台は、淡くて本当におしゃれ。一段と便利になっただけではなく、家の中が華やかになった気がした。タイル一枚一枚からオリジナルで世界に二つとない、もう二度と同じ物はつくれない流し台。いつまでも綺麗に大切に使っていきたい。
しかし、まだまだある、次なる作業。次の作業は、水瓶を使った浄化装置。次も頑張らなくちゃ!!


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