第1376回 2017.05.21 |
ステーキの焼き方 の科学 | 食べ物 |
お肉もリーズナブルになって、昔に比べて、気軽にステーキを食べられるようになった。そこで知っておきたいのがステーキの焼き加減。
レア→ミディアム→ウェルダンとパターンがあるが、どの焼き方が美味しくなるのか?ステーキの新常識を科学で紹介します。
焼き加減の謎
最近、主流になっている焼き加減「レア」。柔らかくってジューシーなのが人気だといわれています。街の皆さんも30人中15人がレアを選んで一番人気。一方、よく焼くウェルダンは、あまり人気がありませんでした。その理由は、ウェルダン=硬いというイメージだけで敬遠している人も多いよう。
そこで、ウェルダンは本当に硬くて食べにくいのか?実験。協力してくれたステーキ専門店に、普段出している肉を「レア」と「ウェルダン」で焼いてもらいました。それぞれを同じ一口大に切り分け、どちらが美味しく感じたか?お客さんに目隠しをした状態で食べ比べていただきます。結果は…20代で集計すると、男女11人全員がレアの方が美味しいと回答。
ところが、50代以上で見てみると、男女11人中9人が、Bのウェルダンの方が美味しいと回答。ウェルダンを選んだ人に理由を聞いてみると、硬いはずのウェルダンの方が食べやすく、嚙み切りやすいとのこと。そこで硬さのわかる機械で計測。まずは「硬さ」を比べてみると、確かにウェルダンの方が、レアの2.5倍以上硬いことがわかりました。
そもそも牛の筋肉は、束状になった筋繊維を筋膜が包む形になっています。この筋膜は、60℃以上で加熱されると収縮し、硬くなる性質があります。そこで、先端がセンサーになっている特殊な温度計を使って、レアとウェルダンで焼いた時の肉の内部温度を測ってみると、レアはおよそ45℃。ウェルダンは、およそ64℃でした。つまり、ウェルダンが硬いのは筋膜が収縮したためだったんです。
そんな硬いウェルダンは本当に噛み切りやすいのか?そこで、今度は「噛み切りやすさ」にあたる「せん断力」を計ると、驚いたことにレアに比べてウェルダンの方が、3分の2の力で噛み切ることができるんです。
これは一体なぜなのか?調理科学の専門家、露久保先生によると、噛み切りやすさには、硬さとは別のメカニズムがあるというんです。筋繊維の間にある水溶性タンパク質は、レアの場合、液体で存在していて肉を切ろうとすると、ぐにゃりと力が「分散」します。これが噛み切りにくさの原因。この水溶性タンパク質は55℃以上の熱で固まる性質があります。ウェルダンでは水溶性タンパク質が固まり、力が「分散しにくく」なるため噛み切りやすくなるんです。
ウェルダンは、硬くなる一方で、噛み切りやすくなるというメリットがあったのだ!
ウェルダンは、硬くなるデメリットはありますが、噛み切りやすくなるというメリット。一方、レアの場合、柔らかいというメリットはありますが、噛み切りにくいというデメリットが。若い年代の人は噛む力が強いので、柔らかさを感じるレアの方が人気だったんです。
強火で焼くのはNG?
ステーキの焼き方を調べてみると、強火で焼いて、旨味を閉じ込める。最初は強火で焼くなどなど、ステーキはまず強火で焼くというのが常識になっていますよね?しかし、これに異を唱える人が料理研究家の水島弘史さん。元フレンチのシェフで水島さんの料理教室は、数ヶ月先まで予約が取れないほど大人気!数々の料理本を出版するなど、今、大注目の料理研究家。今回は、露久保先生に科学の目で水島さんの焼き方を分析してもらいます。
用意したのは、オーストラリア産の牛モモ肉150g。100gあたり280円というお買い得なお肉です。早速、料理スタート。まずは下味の塩。お肉の重量に対して0.8%、今回は1.2gの塩を両面にふります。
そして、衝撃の焼き方が!水島「油を引いていただいて、まだ火にかかっていません。ここにお肉をいれます」。しばらく、とろ火でステーキを焼いて20分後に完成。焼きあがったとろ火ステーキの味は、驚くほどジューシーで、しっとり柔らかな食感!
100g280円のお手頃お肉に何が起きたのか?調理学の専門家・露久保先生の解説によると、ポイント1は火加減。今回の火加減は、炎が五徳の半分ほどの高さしかない「とろ火」。なので、ステーキを焼いていてもフライパンからは何も音がしません。露久保先生によると、音がしないように、とろ火で焼くのは、肉汁の流出を防ぐ効果があるというんです。
そこで、実験で検証。肉から染み出す肉汁が見えるように、耐熱ガラスの上で、油を敷かずに、肉をバーナーで焼いていきます。肉が炎で焼かれている、ガラス面の温度を計測しながら焼いていくと、60℃を越えると、変色した部分から徐々に肉汁が染み出し、ふつふつと湧き始めてきているのが見えます。そして、ガラスの温度が100℃に達すると、肉汁が目に見えて増えて、どんどん溢れ出しているようです。実は、肉は60℃以上で加熱されると、肉汁が外に出やすくなってしまうんです。
そこで、とろ火で焼いた時の、フライパンをサーモカメラで見てみると、温度は肉汁が出やすい60℃を下回る、およそ50℃で焼かれていました。一方、強火で焼いた時は60℃を遥かに超える200℃以上!とろ火で焼くのは、肉汁が損なわれにくい温度で焼ける、科学的に理にかなった焼き方なんです。
ステーキは強火で焼いちゃダメなのだ!
続・とろ火ステーキ
露久保先生が分析した、ポイント2つ目は「何度も裏返す」こと。水島さんのとろ火ステーキの焼き方を見ていると、焼き始めてから3分24秒後に、お肉を裏返しました。とろ火で焼かれた表面には焼き目がなく、白く色が変わっているだけ。これは火が入っている証拠なんだとか。
その後、約3分30秒ごとにお肉を合計6回ひっくり返します。そして、25分36秒で焼き上がり。実は、この6回も裏返すことに科学のポイントが!片面だけを焼くと、その面だけ熱が入ってしまいますが、良いタイミングでひっくり返すことで、温度が高いところから低いところへ熱が伝わるために、火が通る状態になるとのこと。
3つ目のポイントは「最後に焼き目をつけること」。水島さんはお肉を焼いた後、フライパンの油を捨ててから、今度は強火にかけました。ステーキの美味しさの1つ「香ばしさ」を出すために、片面をたった20秒、裏面はわずか5秒だけ「最後に強火」で焼き目を付ければ、焼きの工程は終了です。
でも、一般的な「最初に強火」で焼き目を付ける焼き方と、何が違うんでしょうか?水島さんによると、焼き目を付けるタイミングで、流出する肉汁の量が変わるというんです。そこで実験!重さを130gに揃え、形も大体同じ2枚のステーキ肉を用意。同じ焼き上がりにするため、どちらの肉も、内部温度が60度になるまで、温度計で計測しながら焼いていきます。まずは、一般的な焼き方「最初に強火」で焼き目を付ける場合。強火で焼き目を付けたら、弱火にして中まで火を入れていきます。すると、およそ5分半で、60℃に到達しました。焼き上げた後の重さを測ってみると、110.7gと、19.3g減っていたんです。
続いては、水島さんが推奨する「最後に強火」の場合。弱火で加熱したら、最後に強火で焼き目を付けます。こちらはおよそ20分で60℃に到達。焼いた後の重さを測ってみると、119.5gで、10.5gしか減っていなかったんです。「最後に強火」で焼いた方が、肉汁の流出をおよそ半分に抑えることができるんです!
そして、最後4つ目のポイントは「コショウをかけるタイミング」。水島さん流とろ火ステーキでは、コショウを振るのは最後で、強火で焼いた直後でした。実は、コショウは焼いてしまうと香りがなくなってしまいます。
実際に、焼かない時と比べてみると、主な香り成分が約80%も減っていたんです。コショウの香りを残すためには、強火で焼いた直後にコショウを振ったら、アルミホイルでバットごと肉を包み、5分間休ませます。肉の余熱でコショウの香りがさらに立ち、肉を切った時の肉汁も出にくくなるといいます。
5分後、出来上がったばかりの「とろ火ステーキ」に包丁を入れてみると、確かに、肉を切っても肉汁がこぼれ出さないジューシー感たっぷりのミディアムに焼き上がりました!
味覚センサーで計測した旨みの感じ方を比べると、ミディアムはレアやウェルダンよりも噛んだ時に「旨味」をより多く感じるのだ!