寒くなくなったというわけでもなく、雪が降らなくなったというわけでもなく、ただ立春が過ぎただけ。僕の体は何ひとつ立春を感じなかったけれど、DASH村の大地はしっかりと感じとっていた。


 DASH村一番の春は、氷をまとう水車の近くの斜面に訪れた。太陽の光をたくさん浴びるのか、その斜面だけは雪が溶け、茶色い土が顔を出した。近寄って見てみると、そこには、青い小さな花が咲いていた。ちょうど、この時期の冬空みたいに濃く鮮やかな青色の花。頑丈そうな茎は地を這うように伸び、広がって、その先々に一つの花を咲かせている。つい最近まで、雪に埋もれていたとは思えない程、しっかりと花びらを広げ、咲き誇っている。とても狭い範囲だけれど、そこにはもう春が訪れていた。小さな花が春を知らせてくれて、春が待ち遠しくなったというより、心の中で移ろう季節の準備が進みだしたのを感じた。


 オオイヌノフグリという名のこの花は越年草といって、秋に発芽し、年を越し、早春に花を咲かせるのだそうだ。去年、まだ紅葉が綺麗な時期から、春を告げるべく、ここに潜み、雪の中でも生き続けたオオイヌノフグリは、誰よりも雪解けを願っていたのかもしれない。 二月も始まったばかり。オオイヌノフグリは、再び積もった雪の下へと戻ってしまった。この足の下の雪の下で、いろんな生命が春を待っている。姿こそ見えないけれど、オオイヌノフグリが見られたおかげで、前よりももっと、そう思った。


 凍てつく水車に、雪の下から現れた青い花。冬と春とが同居する今の季節の象徴となる、この二つを一緒に見たとき、水しぶきを上げて回りだす水車が想像できた。


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