村長陣取る水飲み場の下で、春の訪れを告げたフキ。そのフキは、告げることだけ告げると、その場を去ってしまった。
  まだ小さくて丸っこいフキは、コロコロ転がって、また別の場所にも春を告げに旅を始めたのか。
  そんなわけがない。実は、小屋から出していたみのりによって、摘み取られてしまった。みのりが村長の水飲み場で何やら下を向いてゴソゴソしているなと思った時は、既に遅かった。みのりは得意げな顔で、下あごを動かし、しっかりとフキを反芻していた。

 「なんてことを!」そう思ったけど、みのりの「何か悪いことした?」という表情に、すぐ「しょうがない」と思わされた。あの新鮮な緑色は、みのりにとって格別美味しそうなものに見えたに違いない。どうせ、フキがもっと生長したら、僕らが食べるだろうし。早いもの勝ちだ。確かにみのりは悪くない。


 あの場所にフキがなくなってから、村にまた寒さが戻ってきた。もう3月になると言うのに、まだまだ厳しい寒さ。それと、分厚く残った雪。村を一望しただけだと、春が近いとは思えない風景だ。

 しかし、春を告げたフキが姿を消したからと言って、季節が後戻りするわけもなく、しっかりと春は根付いていた。村を一望しただけでは分からない、ごく小さなもの。それは里山の木々の枝につく小さな膨らみであったり、解けた雪の下から顔をだす小さな青色の花だったり。目を凝らせば、やっぱり春なんだなと思った。




 

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