里山の上空から、じわじわこっちに向かってくる灰色の雲。先週あたりから、よく見かける雲。それは僕らの上まで来ると、一気に速度を上げて村中を覆いつくし、ザーザーと雨を降らせる。

 灰色の雲に迫られると、何故か不吉なことが起こりそうな予感がする。勢い良く降り注ぐ雨も、何か悪だくみしてそうな、そんな気がする。しかし、不吉なことは起こらない。むしろ、良いことが起こる前兆だとも言える。
 灰色の雲が過ぎ去った後は、こんなに明るかったのかと思うほど村は陽の光を浴びる。
 そして、輝く。花びらに残った水玉や、雑草でさえもキラリキラリと。まるで楽園のような光景。あの不吉な灰色の雲が置いていったものは、意外にも華やかなものだった。




 そして、この光り輝く風景には、独特の匂いがある。それは一言でいうと「雨上がりの匂い」なのだけど、その中にはいろんな匂いが含まれている。草の匂い、花の匂い、水車の木と水の匂い、畑の肥やしの匂い、八木橋の匂いなど。あの灰色の雲がやってくるまでは、気付かなかった匂いも今は強く、そしてしっかりと感じる。だから、村中をひと回り歩くと、その場所その場所で見なくても、いろんなものが生きていることがしっかりと感じられる。
 陽と雨を受けて、村の生き物たちはここぞとばかりに大きく大きく呼吸する。だから雨上がりの匂いは独特なのだと思う。

 役場の前では、桜の匂い。丸々として、先っぽをピンクに染めた桜のつぼみは、この陽射しとこの雨を一身に集め、精一杯花を咲かせようとしているに違いない。




 

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