ずっと待っていた桜が遂に開花した。薄いピンク色の花びらは例年よりも一段と多く、一段と綺麗に咲いた。
 あんなにも悲しい出来事の後なのに、桜を見るととても心が穏やかになった。村のみんなも桜が満開に近づくのと一緒に、いつもの笑顔を取り戻し始めた。
 でもあの時は、あの暗い気持ちがずっと続くんじゃないかと思っていた。

 体調を崩し、下痢をしていたみのりは、朝晩の冷え込みを避けるためにビニールハウスの中で寝かせていた。1週間程で下痢もしなくなり食欲も旺盛になったので、そろそろ小屋へ戻そうと思っていた。そう考えていた日の朝、ビニールハウスの戸を開けるとみのりは足を投げ出して眠っていた。しかしいつもの体勢ではなく、様子が変だった。「みのり、みのり」と、何度声をかけても返事がなかった。口も目も開いているけど、何も喋りそうにないし、何も見てそうになかった。もう生きていないのが分かった。目の前にいるのはみのりなのに、ここにみのりはいない。こんな悲しいことは他にはない。




 つかさの嫁として、リンダの母としてこの村で生きたみのりは、僕に多くのことを学ばせてくれた。僕はみのりに何をしてあげられただろうか?
 もうみのりはいないと分かっていても、そればかりを考える。

 明雄さんは桜の花を見ながら、「ヤギたちは、言葉が喋れないんだ。どこが痛いかも伝えられない。だから一緒に暮らすことは思っているよりもっと難しいことなんだよ」と言った。そして、「でも死んだものと一緒に暮らすのはもっと難しいだろ」と言った。
 みのりのことで暗い気持ちのままいることは、よくないと気付いた。みのりのことを忘れるのではなく、みのりと過ごした時間を大事にしながら、今生きているものと心を通わせる努力をしないといけない。
 目の前の桜を見て今年も良く咲いてくれたと、笑顔で見つめる明雄さん。生と死をいくつも見てきた明雄さんの姿は、本当にたくましく、とても勇気付けられた。みのりのために出来ることは、そういう生き方をすることかもしれない。そうすれば、もっと村の仲間たちと心が通じ合うようになると思う。




 

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