昼間、母屋の縁側で少しだけ横になった。
いつものように長靴を履いたまま腰を下ろすと、自然に体が崩れて横になり、いつでも昼寝ができる状態になっていた。何気ない行動だったけれど、横になるのが妙に新鮮さを感じる。
思えば、今年初の縁側での昼寝だった。

 暖かい季節には考えたことがなかったけれど、縁側での昼寝は冬にほとんどできないことだ。
でも、その日の縁側は床がとても暖かく、まるで床暖房。昼寝じゃなくても床にへばりついていたいくらいだ。でも何故こんなに暖かいのだろうか?僕が座る寸前まで明雄さんが座っていたのか?それとも春なのか?




 
 床の温かみは明雄さんのものではなく、おそらく春のもの。
そう思い込み、今度は別のことに気が向いた。縁側から横になりながら見るこの景色が、滅多に見ることができない貴重なもののように思えてきた。暖かい時にしかできない縁側の昼寝を冬にすると、目の前には裸の里山と白い雪だけが横になって目に映る。冬になると飽きるほど見ているこの景色も、そんな思いで見てみるとまた違っている。

 冬は何もない。みんなが冬に休んでいるからだ。でも何もないからこそ小さな違いに気付き、そこから今までと違った見方ができるのかもしれない。
少しの暖かさに思いを巡らせたり、雪の下から顔を出したものに雪の下を思わされたり。
だから冬はいろんなものがある。




 

前の週 次の週