これまでに26年も梅雨を経験してきた私。小さい頃から当たり前のように梅雨を「つゆ」と読んでいたといこともあり、なんのためらいもなく「つゆ」と言ってきた。
 でも普通に読めば「ばいう」であり、梅雨前線は「ばいう」と読む。なぜ、これを「つゆ」と読んだのだろう。

 もともとは中国から、梅の熟す時期の雨ということで、「梅雨(ばいう)」として伝わったという説がある。この梅雨(ばいう)という読み方が、「つゆ」に変わったのは江戸時代頃ともいわれている。語源は一般的に雨の「露(つゆ)」からと考えられるが、もう1つあって、梅の実が熟し潰れる時期であることから、「潰ゆ(つゆ)」と関連付ける説もある。




 どちらが正しいというより、私はどちらも正しいと思う。確かに雨の露「つゆ」もこの時期ならではのもの。
 クローバー露、村長の顔につく露、ショウブの露、どれも違った露を描き、どれも違った美がある。
 そして、村の梅もピンクの薄化粧をし始め、もう少しで成熟を迎える。

 本当に、当たり前のように使っている「つゆ」だけれど、この言葉に込められた意味は、とても深いものだと改めて感じた。
 そして、「つゆ」という綺麗な言葉とつけてくれた人に感謝したい。

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