失われたラストチャンス
高校生信じられないほど残酷な決定…インターハイの中止。
2020年夏、ほぼ全ての体育会系、文科系の全国大会が中止となった。
この大会のために全てを捧げてきた高校3年生は、その知らせをどんな気持ちで聞いたのか?
そんな高校生の一人、香川県・尽誠学園バスケットボール部3年の松尾河秋くん。
彼は家族のある願いを叶えるため、高校3年間の全てをバスケットに捧げてきた。
日本一になる。それは絶対に守りたい、ある人との約束でもあった…。
2002年、愛媛県今治市に松尾家の三男として生まれた河秋。
物心ついた時からバスケットボールに夢中だった!
実は、父は地元のクラブチームで活躍したバスケットボール選手。
母も、大学の部活で活躍していた
バスケットエリートの両親のもとで育った兄弟は自然とバスケにのめり込んでいく。
三男の河秋にとって、長男・季風は憧れの存在。
兄が身に付けているものはなんでもカッコよく見え…いつも後ろを追いかけていた。
中学生となった長男・季風はバスケの強豪校に進み、全国大会で活躍。
この時、相手チームにはのちにNBAドラフト1巡指名となる八村塁がいた。
準決勝で八村と対戦した季風。
家族も必死に応援したが兄は八村を止めることができず準決勝敗退。
全国ベスト3で、悔し涙を流した。
そんな長男・季風は香川県の名門・尽誠学園に進学。
この尽誠学園は、日本バスケットボール界のスーパースターで現NBAプレイヤー、渡邊雄太の母校。
アメリカでも大活躍の彼の原点が尽誠学園での3年間だった。
自分の夢を弟たちに託した兄
そんなバスケの名門、尽誠学園に進んだ長男、季風。
彼は、「77」という背番号を好んでつけた。
実家を離れ、寮で生活をしながらバスケットに全てを注ぐ日々。
中学の時、八村に破れ全国優勝できなかった悔しさをばねに、尽誠学園の中心選手として高校の3年間を必死に頑張ったが、全国優勝には手が届かずベスト8が最高だった。
そんな長男、季風は大学の進学はしないことを決めていた。
実は兄をずっと追いかけていた次男・海我と三男・河秋は全国でも有名な選手に成長していた。
1歳違いの2人は、同じ中学に進み全国ベスト4になっている。
弟たちの将来に両親も、そして兄も期待していた。
自分がプレーするより弟たちの活躍が長男、季風の楽しみとなった。
次男・海我は、みんなの期待通り尽誠学園に進学。
バスケ部では、すぐにベンチ入りし活躍した。
そして1年後…あとを追うように三男・河秋も尽誠学園の入学が決まった。
兄の季風は心から喜んだ。
実は次男、三男とも推薦入学だったが、それは長男・季風の影響が大きかったという。
河秋は1年生ながら次男・海我と共にインターハイに出場。
残念ながら2回戦で敗退したが、勝負は来年だと2人とも思っていた。
それは海我が3年生、河秋が2年生になったチームで必ず全国制覇をする!
そう誓い合っていた矢先のこと…河秋に異変が。
休憩時間に突然、左ひざを動かせなくなった。
すぐに病院へ…実は河秋、膝の故障は2回目だった。
1回目は中学3年生の時。
膝の関節の中の軟骨が剥がれ落ちてしまう状態になってしまい、膝の軟骨を固定する手術を受け1年間リハビリ生活を送っていたのだ。
そして今回は、以前より症状は深刻だった。
軟骨の移植という大手術…100%成功するとは限らないが手術をするしか道はない。
こうして2018年11月、河秋は軟骨の移植手術を受けた。
3時間にも及ぶ手術は成功したが、待っていたのは長いリハビリ生活。
仲間が練習する中、復帰を信じてただただ苦しいリハビリに耐えた!
悲劇を乗り越えた矢先の残酷な知らせ
なぜこんな思いまでして彼は頑張れるのか?
それは家族のそして長男・季風の願いを叶えるため。
実は、河秋が高校に入学する直前に家族にとって忘れられない悲しい出来事があったのだ。
三男・河秋が中学卒業間近のころ…季風は事故で亡くなった。
それは彼が職場へ向かう途中のことだった。
家族思いだった兄。
弟たちの活躍を誰よりも楽しみにしていた兄がその活躍を見ることなく19歳で亡くなった。
河秋は兄の背負った77番を背負い、兄の夢だった全国優勝を成し遂げることを誓ったのだ。
あの日以来、兄のことを思い出しては涙を流す両親。
何とか元気にしたい!何が何でも絶対に優勝する!兄の夢を自分が叶える。
その一心で苦しいリハビリにも、ひらすら耐えた!
そして、怪我から1年。
2年生になった河秋。膝はまだ、不完全ではあったが全国大会の舞台に背番号77をつけた姿があった。
この時点で自分にできる精一杯のプレーをしたが、膝の具合と練習不足がひびき、1回戦敗退。
次男・海我は卒業し兄の夢、家族の思いのため優勝のチャンスは河秋が3年生になったこの1年となった!
時間と共に膝の状態も回復し、ようやく理想的なプレーができるように。
チームの状態も上向き。
そして今年2月に開催された四国選手権では8年ぶりに優勝。
悲願の全国優勝に向け…準備は整った。
そんな時だった。
2020年4月、残酷な知らせが…新型コロナの影響で、インターハイは中止となったのだ。
青春の全てを捧げ、努力を続けてきた高校生たち。
高校三年生はそのラストチャンスを失ってしまった。
兄に誓った全国制覇。
いま河秋くんは、インターハイ中止の悔しさを冬の全国大会「ウインターカップ」でぶつけるべく練習を再開している。
冬の全国大会は、例年通りなら12月。現時点では開催できる見通しだという。
チームのエースとして活躍を期待されている河秋くん。
冬の全国の舞台で、家族の応援の元、全力で納得できる試合ができること。
青春の全てを部活に費やし、それでいてラストチャンスを失った全国の全ての高校3年生に何らかのチャンスがあることを願う。