ギャンブル依存症の真実 なぜやめられないのか 元力士を取材
今年3月、大谷翔平選手の元通訳が解雇となった。「ギャンブル依存症の自分が全て悪い」と告白したという。ギャンブル依存症は、賭け事への強い衝動から金をつぎ込み、現実逃避・生活破綻に陥る精神疾患だ。厚生労働省の資料によると日本ではギャンブル依存症の疑いがある20歳以上は、およそ320万人いると推定されている。
そんなギャンブル依存症で運命が大きく変わった有名選手がいる。元大嶽親方(現役時代は貴闘力)だ。人気力士だった彼はギャンブルにハマり相撲人生を棒に振ってしまった。
取材をすると「全部やりましたね。ギャンブルは全部。ほとんど毎日ですね。5億円は負けているでしょうね」と振り返る。豪快で気迫に満ちた相撲で人気があった貴闘力に一体何があったのか?再現ドラマで振り返る。
1983年、貴闘力は中学卒業後すぐに相撲界へ入門。21歳で十両に昇進。大相撲では幕下から下には給料はなく、十両になって初めて関取と呼ばれ、月に110万円が相撲協会から支払われる。横綱になると月に300万円以上もらえ、これに懸賞金や様々な手当てもつく。貴闘力は十両昇進で給料がもらえるようになり、共同生活から1人暮らしへ。
そんなある日、兄弟子に誘われていったのが公営のギャンブル場だった。そこで10万が大穴的中でなんと400万円以上に。給料ももらえなかった彼にとって、それは味わった事のない高揚感だった。
実はギャンブル依存症に陥る人の多くは、最初に勝った事がきっかけになる事があるという。貴闘力もこれがきっかけでギャンブルにハマるが、だんだん負けがかさんでいく。そして負けを取り返そうと結局給料も全てギャンブルでなくなり、その度に後悔したという。
貴闘力はもともと相撲の才能もあり、大好きだったため猛稽古するのは苦ではなく新入幕から8か月で三役小結に昇進。その後も三役に定着し続けた。この頃はまだ、自分の中でギャンブルの制御ができていたという。私生活では1993年、昭和の大横綱、国民栄誉賞力士の大鵬親方の娘と結婚。
周囲からも貴闘力の大関昇進に期待が膨らむ中、タニマチに古くなったコートについて「もうすぐ大関なんですからもっといい服着てくださいよ!」とアドバイスされる。
懸賞金で新しいコートをとも考えるが、コートを買うより、どうしても頭に浮かぶのはギャンブル。金の使い道はギャンブル優先に。
ギャンブル依存症の人にはある特徴がある。それは「このままではまずい」という考えが必ず存在することだ。嘘や言い訳でごまかし、どうしてもギャンブルをやってしまうのだ。逆にやることにためらいのない人はギャンブル依存症ではないという。
ギャンブルの好きな人がギャンブルの事を考えると、脳内でドーパミンという物質が分泌される。これは快感や興奮を促す事から「脳内麻薬」とも言われている。通常は同時に、ノルアドレナリンという注意力や判断力を高める物質も分泌され冷静な判断が保たれているのだが、ギャンブル依存症の人はこのノルアドレナリンの量が少なくなる。さらにはドーパミンを受け取る受容体と呼ばれる部分が、ギャンブル以外では高揚感を感じることができなくなる。
その結果、ギャンブルでしか興奮せずやめられなくなってしまうという。貴闘力も、徐々に制御ができなくなっていった。
これまでは自分の給与内で収まっていたが、それを使い切ると次の給与まで我慢ができず借金をしてまでギャンブルをするようになった。
そして、少しの勝ちでは満足しなくなり大勝ちを夢見て賭けるように。「親父が体調悪くて急に入院する事になって」などと、嘘をついてまで金を借りていた。アルコールや薬物依存の場合症状に周りも気付きやすいが、ギャンブル依存の場合は、症状が表に出ることはほとんどなく、ギャンブル癖を隠すことに全精力を注ぐため周りも気付きにくいのだという。
本業の相撲は負け越しが続き、前頭まで転落。しかし本人は借金を返すため、ついには高利貸しからも金を借りるようになった。そして、どうしても一攫千金を狙ってしまうという。
なおアメリカ・ミズーリ大学の研究によると、家系にギャンブル依存症患者がいる場合、19%がギャンブル依存症予備軍だと言われている。貴闘力の父も大のギャンブル好きで、遺伝的・環境的に少なからず影響している可能性も考えられる。
妻の父・大鵬親方はギャンブルをやめるという約束のもと、借金を肩代わりしてくれた。ギャンブルを必死に断ち、稽古に取り組んだ。幕内最下位まで落ち込み世間からはもう終わったと思われていたが、2000年3月、大相撲史上初の幕内最下位での優勝を果たした。
これで誰もが立ち直ると思ったが、ギャンブル依存症の怖さはここからだった。
ふと見かけた競艇の記事に心がゆらいだ。必死に我慢するも、そんな時に限ってなぜか予想が当たる。やはり買わないと勝ちを逃すと自分を納得させ変装し、ギャンブル場へ。さらに、休みをとって海外でもギャンブルをするように。貴闘力は「ある金全部行きますからね。1万円でも残しとけばいいのに、それまで張ってしまうから」と話す。
結局、初優勝後は目立った成績も残せず、2002年に引退。その後は大嶽親方となり、義理の父である大鵬の後継者の道へ。
だが親方という立場になってもギャンブルをやめられなかった。そんな彼に、とどめを刺すような誘いが来てしまう。近づいて来たのは、引退していた元力士だった。
誘ってきたのは違法なプロ野球の賭博。貴闘力は乗ってしまい、それはすぐに公の知るところになった。マスコミでも大々的に報じられ相撲界を追放された。
その後人生をやり直そうと、焼肉店を始めた貴闘力。もちろん周りの助けがあってのことだという。そして多くの人に迷惑をかけ、もうギャンブルはやらないと心に決めたという。
焼肉店オープンから14年。店を訪ねると、そこには本人の姿が。「ほとんど毎日店に出ます。厨房はほとんど職人に任せて、全部接客。忙しくしていないと、甘い誘惑に負けるから」と、仕事を入れて忙しくすることでギャンブルができない生活をしているという。
しかし「(ギャンブルは)やってはいますよ。でも昔ほどはやっていない。金がないからなんとか治ってるような感じかな」と完全にギャンブルを絶てているわけではないという。完全に断ち切ることは難しいようだが、なんとか制御できるように。
貴闘力は「(抜け出すには)周りの人間の協力は必要。金を貸した時点でアウトだから、金貸さないで苦しませないと」とギャンブル依存症について話す。周囲の支えもあり、現在、店は3店舗に。
「12歳から相撲が好きで入ってずっと相撲のことばっか考えて、どうやったら後進に相撲を教えて強くなるか、毎日そんなことばかり考えていたから、相撲協会に入れなかったのが一番後悔している」という。懸命に働きながら、ギャンブル依存症と闘い続けている。