画家の自画像には「魂の記録」、「描かれた自伝」、「自己との対話」など、いくつかのタイプがあるが、もうひとつのタイプは自分可愛さから描かれる「ナルシスト」、あるいは「自己顕彰」タイプで、ヴァン・ダイクの自画像はその典型である。いわゆる優男(やさおとこ)だったヴァン・ダイクは42年という決して長くはない生涯に多くの自画像を残しているが、エルミタージュ美術館のこの自画像は特に有名なものである。
決して派手ではないが、光沢のある高価な絹の衣に身を包んだ画家は、古代風の円柱によりかかってポーズを取っている。年齢的には23-24歳頃の作品であるが、自慢のブロンドの髪の毛と色白の顔の部分は入念なタッチで造形し、シャツや上着の部分は後のマネやサージェントを予告するのびのびとしたタッチを見せている。この自画像のもうひとつの見所は手で、絵筆を自由にあやつる大きめの手と、先細る繊細な指に加え、とりわけ腰に当てた左手には画家のナルシスト的な気取りが感じられる。当時の男性は男の威厳のシンボルとしてほとんどが髭を生やしていたが、ヴァン・ダイクの若い頃の自画像には髭がなく、そのため一層若々しい印象をあたえる。
作品解説 千足伸行