レノルズはゲインズボロとともに18世紀のイギリスを代表する肖像画家で、1768年創設のロイヤル・アカデミーの初代院長も務めた画壇の大立者として知られる。本人は肖像画よりも歴史画に関心があったが、現在ではもっぱら肖像画家として知られている。彼のモデルとなったのは男女を問わずほとんどが著名人、名士、いわゆるセレブであったが、この絵でウェヌスに扮しているとされるのはエンマ・ハミルトンという平民の娘であった。彼女は美貌と才気を武器に数々の著名人と浮き名を流したが、特に対ナポレオン戦争の英雄ネルソン提督との恋で知られる。エンマとネルソンとの最初の出会いは1793年、ともに夫、妻のある身だったが、後にエンマは彼の娘を産んでいる。1805年のトラファルガーの海戦でネルソンが名誉の死を遂げた後は、かつての輝きはうすれ、借金取りにも追われるなど、惨めな晩年であった。
この絵はモデルをウェヌスに置き換えた、当時流行のいわゆる「見立て絵」で、クピド(エロス)に帯を解かせながら、その母(ウェヌス)のバストはすでに惜しげもなく露出している。恥じらうように手で顔を隠しているものの、これは単なるポーズで、それとなく愛人に流し目を送るという、レノルズには珍しくロココ的な、コケティッシュかつエロティックな肖像画である。
作品解説 千足伸行