ゲランは《ナポレオンの戴冠》の画家ダヴィドに次ぐ新古典派の第二世代の画家であるが、彼の作品には厳格なダヴィドにはない甘美な、時にセンチメンタルともいえる情感をたたえたものが多い。彼のアトリエからドラクロワ、ジェリコーなど、後のロマン派の巨匠たちが巣立っていったのも納得がゆく。
前景に横たわる裸身の美青年はギリシャ神話の夢の神モルフェウス。眠りの神ヒュプノスの子とされるが、古代人の間では夜と眠りと夢と死は一つの輪をなしており、モルフェウス自身が眠りの神とされることもある。麻酔・鎮痛剤のモルヒネは眠りの神としてのモルフェウスに由来する。雲の上から彼を見ている美少女は、蝶のような翼をつけた虹の女神で、神々の使者でもあるイリス。別の神の命を受けて彼を起こしに来たところである。彼が目覚めつつあることは、半ば無意識に挙げられた右手の拳に暗示されている。古代彫刻を見るような2人の裸体はまさに新古典派であるが、美青年と美少女の取り合わせ、風に翻るイリスのショール、夢と眠りの世界を暗示するような雲の向こうの夜の闇、愛らしいクピドなどは、新しい世代のロマンチックな息吹を感じさせる。
作品解説 千足伸行