第1518回 2020.03.22 |
100年の老舗 の科学 | 物・その他 |
「老舗」といえば、日本の伝統がいまも息づく信頼や安心感があるお店の象徴。企業を対象とした大手調査機関は、老舗とは創業100年以上の企業、と定義しています。
新しい企業や商品が次々と誕生するなかなぜ老舗の品は長く愛されるのでしょうか?そこで今回、目がテンが注目した老舗が、東京・浅草にある「かなや刷子」。創業106年、刷毛とブラシが専門のお店、一番のこだわりは動物からとった「天然毛」!
老舗がこだわる天然毛は本当に優秀なのか!?天然毛VS化学繊維、ヘアブラシを使った静電気実験!様々な角度から徹底検証しちゃいました!
今回の目がテン!は、「100年続く老舗」が作る天然毛のブラシに迫ります。
老舗がこだわる天然毛
向かったのは、刷毛とブラシの専門店「かなや刷子」。社長の、大内秀雄さんが出迎えてくれました。創業は、大正3年。初代・大内茂治さんが卸売を専門とした「大内刷毛店」を創業。主に塗装用の刷毛やブラシを製造していました。そこから100年余り、震災や空襲という苦い経験を乗り越えながら、今では専門店を4店舗展開。秀雄さんでなんと5代続く老舗となりました。店内の商品はなんと400種類!そしてそのほとんどが、昔ながらの素材、天然毛なんです。
爪の隙間の掃除する、豚の毛できた爪専用のブラシ。かゆいところに手が届く孫の手ならぬ、馬毛の「孫の毛」ブラシ。さらに柄の長い車の下を洗うブラシ。そして、靴のお手入れに使う馬毛のブラシ。なんと、靴の縫い目部分の掃除に使う専用のブラシまで!さらに、豚毛の足袋の甲を洗うブラシ、そして足袋の底を洗う専用のブラシは、汚れをゴシゴシ洗えるようにナイロンを使っています。(ナイロンを使っているのは底用のブラシだけで足袋の甲を洗うブラシは豚毛です)
また、ブラシを掃除するために使うブラシもあります。
本当に様々な商品がありますが、化学繊維やシリコーンなど、手頃な価格の素材も増えている中、かなや刷子では昔ながらの「天然毛」にこだわり続け、馬のしっぽの毛、他にも豚、山羊、猪と主に4種類の動物の毛を商品によって使い分けているんです。
ボディーブラシや靴ブラシなどに使われている豚の毛。硬い毛質が、汚れをおとす商品に向いているんだそう。
豚の毛にはどんな特徴があるのか?獣毛の性質に詳しい、邑井良守さんによると、動物の毛の構造はそもそも、キューティクルと呼ばれる表皮、皮質、髄質の3層に分かれています。なかでも皮質は、毛の約90%を占めており、この皮質が太ければ太いほど、硬く弾力のある毛になるんだそう。豚の毛はその皮質がとくに太いため、毛に硬さがあるんです。
その豚よりも硬いのが猪の毛。山奥で暮らし、泥に体をこすりつける習性があることから、毛が硬くなったんだそう。そのためお店では、髪や頭皮の硬い人むけのヘアブラシとして使われています。
一方、山羊の毛は、細くて柔らかく、毛がちぢれているのが特徴。さらに寒く乾燥した高山に生息することから、空気や水分をためこむ性質があるんだそう。そのため、パンや焼き菓子に卵を塗るときなど、料理用の刷毛に適しています。
同様に、料理刷毛に使われているのが、山羊よりも柔らかい「馬の胴体」の毛。馬は哺乳類のなかでもとくに汗っかきで、その汗を効率よく落とすため、胴体の毛は表面がツルツルでまっすぐなんだそうです。食材を傷つけにくく、高級すし店などで、お寿司に醤油を適量塗るといった、繊細な作業に使われています。
老舗の料理刷毛で実験
目的によってうまく使い分けられている天然毛。では、化学繊維と比べ、どんな所が優れているのでしょうか?料理の刷毛を使って実験です!水をため込む性質の山羊の毛の刷毛と同じサイズのナイロンの刷毛を使って、絵の具に10秒間ひたし、線を引いてみます。
水を含む力が強い方が、絵の具をたくさん吸って、線を長く引けるはず。
それでは実験スタート!向かって右が、山羊の天然毛、左がナイロンの刷毛です。両者とも順調に距離を伸ばしていきます!2mを超えたところで、ナイロンの刷毛の色がやや薄くなってきたように感じます。とここで、3m87cmでナイロンの刷毛が脱落!その後も山羊の刷毛はグングン距離を伸ばし、スタッフの想定をも超えてしまい下に敷いた紙を延長!そしてついに、山羊の刷毛も終了!結果はナイロンよりもなんと2m以上長い6m29cm。およそ1.6倍の圧勝でした!
水分を含みやすいという、天然の山羊の毛の性質が実証されました!
さらに!天然毛の優れた点が、実はほかにもあるんです!
「かなや刷子」の人気商品の一つ「ヘアブラシ」。豚と猪の天然毛が使われています。そんな天然毛のヘアブラシはいま世間でも注目を集め、外国製のブラシなども人気です。
では実際に、天然毛のヘアブラシは一般的なプラスチックのものと比べてどんな効果があるのでしょうか?毛髪の専門家に聞いてみると、天然毛のヘアブラシのメリットは、枝毛や切れ毛の原因となる『静電気』の抑制だといいます。
髪の毛は3層になっており、1番外側はキューティクルというもので外壁の役割をしています。ところが静電気があたってしまうことによって、キューティクルがはがれる原因となり、その結果、髪内部のタンパク質や水分が流出し、パサついた髪になってしまうんです。本当に天然毛は静電気を抑制できるのでしょうか?
そこで、こんな実験!用意したのは、豚毛の天然毛・プラスチック、そして静電気除去機能をもつブラシの3種類。室内をこの時期の平均的な数値に設定。一気に30回ブラッシングをして、静電気量を測定。この数値が高ければ高いほど静電気が発生した状態です。
まずはプラスチックのヘアブラシから!結果は7.24kV。続いて、静電気除去機能を持つブラシ。両サイドに、電気を放出させる素材がついています。結果はプラスチックよりも低い、4.35kV。では、天然毛は本当に静電気が起きづらいのか?豚の毛のヘアブラシで実験です。なんと1.7kV。静電気除去ブラシよりも低いという驚きの結果に。
さらに、2人の女性でも同様の実験を行ってみると、やはり天然毛のヘアブラシが最も静電気を発生しなかったんです。
なぜこんなにも、天然毛のブラシは静電気が発生しにくいのでしょうか?静電気のメカニズムに詳しい、工学院大学の市川准教授に伺うと、物質にはプラスの電気を帯びるもの、マイナスの電気を帯びるものがあり、この帯電列の位置が離れれば離れるほど、静電気が大きくなるといいます。
この図が帯電列というもの。左に行くほどプラスの電気、右に行くほどマイナスの電気を帯びやすい物質の一覧です。異なる2つの物質を摩擦した時、この位置が離れれば離れるほど大きな静電気が発生します。今回使ったプラスチックのブラシはポリエチレン、静電気除去ブラシはポリエステルが主な素材でした。人の髪の毛がプラス側の位置にあるのに対してプラスチックと静電気除去ブラシの素材はマイナス側。一方、豚毛は人の髪と、ほぼ同じプラスの位置にあるため、静電気がおこりにくかったんです。
老舗がこだわる天然毛のヘアブラシは髪の大敵・静電気を起こしにくい性質があったんです。
天然毛のブラッシング効果とは!
静電気が発生しにくい天然毛のヘアブラシ。さらに、ブラッシングには頭皮の血流をよくする働きがあると言います。その結果、髪が丈夫になり、抜け毛の予防なども期待できるんだそう。さらに、ブラッシングは髪だけでなく、肌の環境も改善してくれると言います。お風呂で体を洗うとき、天然毛のボディーブラシを使ってブラッシングをすると、ある効果が。
その効果について、皮膚科医の平田先生に聞くと、天然毛が持つ動物の皮脂がブラッシングによる肌への負担をやわらげ、適度に古い角質を落としてくれるんだそう。
さらに入浴前に、肌とブラシが乾いた状態でブラッシングをすることで血流やリンパの流れもよくなるといいます。ブラッシングのポイントは足や手の先から、体の中心に向かって 円を描きながら軽くさすること。これだけでも十分に角質が落とせるので、その後の入浴では洗いすぎに注意しましょう。
世界で1つの刷毛
浅草で100年以上に渡り、天然毛の商品を作り続けている「かなや刷子」。職人の知識と技術がつまった、オーダーメイド品も提供しているんです。
そんな老舗の逸品を、長きに渡り使い続けている方が、日本舞踊の化粧を施す「顔師」と呼ばれる職人さん。山羊の毛を使った化粧刷毛を、かなや刷子でオーダーメイド。25年間使い続けています。
伝統を引き継ぎ、培われてきた老舗の知識と技術、それは、科学の目でも裏付けられる確かなものでした。