放送内容

第1616回
2022.03.13
登山鉄道 の科学 物・その他 場所・建物

 山の多い日本では勾配を登ることは避けては通れません。しかし、鉄道はおよそ2度の上り坂でも「急勾配」とされ、それよりきつい勾配は、それに対応した特別な車両を持つ鉄道が走っているのです。
 標高差527mの区間を駆け登る箱根登山鉄道。実は、登山鉄道の技術には勾配をものともしない秘められた力が隠されていた!?日本一の急勾配の区間を持つ大井川鐵道井川線。急勾配を登るため、日本で唯一採用されている鉄道システムとは?
 今回の目がテンは、急勾配と戦う登山鉄道の科学です!

どうして勾配は苦手?鉄道の特徴

 鉄道車両の運動と機械力学を研究している宮本岳史教授によると、鉄道の車輪とレールは、固い鉄でできているため、形が変形しづらく、前に進む力をロスすることなく走行することができるといいます。
 ここで実験。アスファルトの道路とレールの上、両方を走ることができる軌陸車を用意し、一般的な車と鉄道の車輪にどのような違いがあるのか見ていきます。総重量はおよそ7t。手で押す部分には体重計を設置し、途中どれだけのパワーがかかったのか目安を計ります。
 まずはゴムタイヤ仕様の軌陸車を、平坦なアスファルトの道路の上に置き人の力で押してみます。全力で押しましたが、車はびくとも動きません。体重計の数値を見てみると最大値は88.2kg。次はタイヤから鉄車輪にチェンジした軌陸車をレールの上に乗せ、同じように、一人の力で押してみます。すると軽く進んでいきます。体重計の最大値は、59.8kg。ゴムタイヤに比べると、鉄の車輪は、変形しづらいため、回転するときに抵抗が小さいんです。そのため、軽い力でも軌陸車を動かすことができたんです。

 しかし、その一方で、鉄車輪は、レールとの接触面が小さく変形しづらいため、レールと車輪の間に物が挟まった時に、その影響を受けやすいという弱点もあります。
 鉄道の車輪とレールを模した装置で実験。通常は勾配がついていても、難なく進むことができるようになっています。しかし、レールに泥を塗りつけると、車輪が空転して前に進まなくなってしまいました。鉄道は高い安全性を求められる公共輸送機関。少ない力で重いものを運べる反面、車輪とレールの接触面が小さく変形しづらいため、間に物が挟まると滑りやすくなり、大きな勾配は設定できないんです。

急勾配を克服!箱根登山鉄道

 箱根登山鉄道では、大きな勾配にどのように立ち向かっているのか。案内をしてくれるのは、箱根登山鉄道四十年勤務のベテラン髙田和彦さんです。
 早速、登山鉄道を体験。箱根湯本駅から出発してすぐに長い坂を上っていきます。鉄道では規格外の急勾配で80‰(パーミル)。1000m水平に動くと80m登る勾配になります。鉄道などの勾配は、‰(パーミル)という単位で表します。‰(パーミル)とは千分率のこと。

 1000m走る間に80mの高さを登るということは、角度にすると約4.6°の坂道です。
 距離と勾配を表示した路線図を見ると、箱根登山鉄道では、ほとんどの区間で80‰(パーミル)の急勾配を上り続けていることがわかります。

 80‰(パーミル)もの急勾配を上るために、箱根登山電車はどのような装備を備えているのでしょうか?
 実は、箱根登山鉄道の電車は、全ての車、全ての車軸にモーターがついています。一般的には客車の車両などに、駆動力がない場合、代わりに機関車が引っ張るケースが多々ありますが、箱根登山電車は全ての車両にモーターを備え、坂を上るために駆動させているんです。さらに全ての車軸に対しモーターが、一つずつついています。駆動力を分散させることで滑りにくくし、安定した走行が容易になるんです。
 80‰(パーミル)が連続する区間を、ものともせず上っていく箱根登山電車。終点の強羅駅まで445mの高さを上って来ました。
 しかし、実は登山電車は、山上りよりも下りの方が大変。ブレーキにとても気を使うといい、そのために特殊な装備を車両に積んでいるんです。
 それがレール圧着ブレーキ。車輪にブレーキをかけて止めるために擦らせる部分をブレーキシューといい、通常使われる空気ブレーキは、ブレーキシューを車輪に押し付けて電車を止めます。しかし、レール圧着ブレーキは、先端についた砥石をレールに押し付けることでブレーキをかけます。

 箱根登山鉄道だけが採用する珍しいもの。
 普段は、車輪を抑えて止めるが、それでも滑ってしまって止まれないことが発生した時には、このブレーキで直接レールを押さえつけて止めるんです。
 今度は箱根湯本駅に向けて折り返します。運転士さんの動きを見てみると、ノッチと呼ばれる左手のハンドルを時計回りに回しました。自動車で言うアクセルです。
 電車は徐々に加速していきます。そして、長い下り坂に差し掛かったところで、今度は反時計回りにハンドルを回しました。
 実はこれは、自動車のエンジンブレーキに相当する電気ブレーキというものを使っているんです。

 例えるなら、自転車で電気をつけるとき走るのが重くなる、あの現象。箱根登山電車では、モーターの回転エネルギーを熱に変えて発散することでモーターに抵抗を与えているんです。
 電気ブレーキに、車輪を抑える空気ブレーキ、レールを押し付けるレール圧着ブレーキ、そして、自動車のサイドブレーキに当たる手ブレーキも備えており、全部で4つのブレーキを搭載した万全の体制で、安全な登山鉄道の走行を実現していたんです!

日本最急勾配を走るアプト式ラックレール

 藤田アナウンサーが訪れたのは、静岡県にある大井川鐵道井川線。元々は、ダムの資材を運ぶための路線だったことから、山あいを縫うように線路が伸びており、秘境の駅とされる「奥大井湖上駅」や営業運転路線の中で川底からの高さが日本一の鉄道橋「関の沢橋梁」など山岳鉄道ならではの光景も楽しめることで人気の路線です。
 一緒に案内してくれるのは、大井川鐵道広報の山本豊福さん。大井川鐵道井川線にある、アプトいちしろ駅と長島ダム駅の間は、運用している日本の鉄道路線の中で日本一の急勾配の区間。その勾配は、なんと90‰(パーミル)!

 まずは、ディーゼル機関車が押す客車に乗って、千頭駅からアプトいちしろ駅へ向かいます。実は、ディーゼル機関車だけでは、90‰(パーミル)の急勾配を登ることができないため、この後さらに後ろにつく専用機関車と接続するんです。
 アプトいちしろ駅に到着し、ホームに入ってきたのはED90形。

 実はこれ、ただの電気機関車ではないんです。
 2本のレールの間にラックレールという歯形レールがあるのですが、この電気機関車の床下にも歯車があります。これを噛み合わせながら急坂を上り下りするんです。複数の歯形のレールを設置し、噛み合わせの強度を高めた方式がこのアプト式の特徴です。

 3列の歯車の位置が少しずつずれているのは、どこかしらの歯が深く噛み合ってテンションがしっかりと掛かるようにするための工夫。

 歯車をしっかりと噛み合わせたアプト式電気機関車は、ディーゼル機関車のさらに後ろに連結。アプトいちしろ駅を出発します。いよいよ日本で一番の急勾配、90‰(パーミル)の坂に挑みます。坂を登る時は、電気機関車が最後尾につき他の車両を押し上げていきます。
 一方、坂を下るときにはアプト式電気機関車が、最前部につきます。これは、万一ブレーキに異常があった場合でも、勾配対策をしているアプト式機関車が、坂の下側で踏ん張ることで列車全体を守るためです。
 とうとう長島ダムを見下ろせる位置までやってきました。長島ダム駅は、標高485m。アプトいちしろ駅から8分かけて約90mの高さを上がってきたんです!

 鉄道は、自然と対峙した日本の技術者の凄さを物語っています。登山鉄道はそれを最も感じられるものの一つなんです。