あるカレー店主が涙した日
奈良県橿原市。
この地に「げんきカレー」という名の小さなカレー屋さんがあった。
週4日、午前11時半から午後2時までという時間帯で店長の齊藤樹さんが一人で切り盛りしている。
メニューは、店の名前にもなっている「げんきカレー」。
柔らかく煮込んだチキンがたっぷり入って、なんと200円!
この値段にはこんな理由があった。
店長の齊藤さんは若い頃、英語と触れ合う経験があったことから18年前から英会話教室を開き子どもたちに英語を教えていた。
だが、数年前のこと。
ある生徒の一人が突然英会話教室を辞めた。
ある保護者から話を聞くと…親が仕事を退職したためにお金が厳しくなったのだという。
本当は勉強したかった子ども達が、親の都合や事情で泣く泣く英会話教室を辞めていく。
そんな現実を目の当たりにし、子どもたちは満足にご飯を食べられているのか?
齊藤さんはそんなことを思うようになっていった。
何か、自分にできることはないか?
そして…大人も子どもも気軽に食べに来れる飲食店を作ろう!と思い立った!
何の店にするか…?齊藤さんは考えた結果、自分も作れる料理、そして子どもが大好きな「カレー」に行きついた!
こうして2018年5月、「げんきカレー」をオープン!
あまりお金を気にしないで食べられるようにと大人200円、子どもは100円で提供した。
もちろん、この値段では儲けなど出るはずがなく…。
開店してしばらくは毎月十数万円の赤字が続き、それを本業の英会話教室でなんとか賄っていた。
やがて、安さとその味で大人も子どもも大勢来るように。
そんな子ども客の中に、平日の昼間にも関わらずしょっちゅう来る少年たちがいた。
話を聞けば、この少年たちは学校で友達が少なく自分の居場所がない…そう感じるようになり、不登校になったのだという。
学校へ行っていない彼らは給食が食べられないため、平日の昼間にもかかわらず、毎日のようにカレーを食べに来ていた。
そんな、ある日。
いつものように食べに来ていた少年たち。
そして、100円を払おうとした時のこと…ポケットを見ると60円しか持っていなかった。
すると、居合わせた常連の男性が足りない分を払ってくれた。
その様子を見た時、齊藤さんはふと思った。
あの子以外にも、100円が払えなくて食べに来られない子ども達がたくさんいるんじゃないか?
そんな子どもたちが、いつでも食べられるようになんとか大人たちが協力することはできないか?
子どもたちのために閃いたアイデア
そして齊藤さんは、あるアイデアを思い付いた!
それは…「みらいチケット」というもの!
1枚200円で販売し、大人が買ってホワイトボードへ貼る。
子どもたちはその貼ってあるチケットを使い「げんきカレー」を食べる。という仕組み!
つまり、子どもなら「みらいチケット」でタダで食べられる!
自分のカレーを200円で食べて、子どものために200円でチケットを買う…これで400円!
つまり、400円で自分の腹を満たし、誰かわからないが腹を空かした子どもを笑顔にできる!
そんな齊藤さんの思いに共感した多くの大人たちがチケットを買ってくれた。
その善意は、多くの子どもたちを笑顔に変え、大人も笑顔に!
そしてあの少年たちも、お金を気にせずチケットを使い、毎日のように店に来るようになった。
そんな日々が続いたある日。
しょっちゅう来ていた60円しか持っていなかった少年が店に来なくなった。
何かあったのか?と、気になっていると…3か月ほど経った頃、少年が突然やってきた!
久々の来店、チケットでカレーを食べるように勧めると…少年はこう言った。
少年「いや、違う違う。初任給でたからさ、買いに来たんだよチケット」
少年は中学を卒業し、就職をしていた。
そしてこれまでチケットを使っていた彼が、今度はチケットを買う側となって現れたのだ!
その姿に、齊藤さんは涙した。
そんな齊藤さん、週1回昼の営業が終わった後の店を勉強を教えるための場所として提供し始めた。
子どもたちに教えているのは、地元の学校に勤める教師や大学生らボランティアの人たち。
教育格差を無くしたいという齊藤さんの取り組みだった。
大人は200円、そして子どもはみらいチケットでタダで食べられる元気カレー。
人気が出てきた今は、前よりは少し良くなったというが、それでも毎月5万円ほどの赤字だという。
だが、その5万円を『おっちゃんありがとう』と言ってもらうことに使っていると語る齊藤さん。
げんきカレーがオープンして3年半。これまでに使われた「みらいチケット」は2000枚以上!
そして2022年。子どもたちの笑顔が増えてほしい、と願う齊藤さんは今日もカレーを提供している!