第1547回 2020.10.18 |
歩荷 の科学 | 人間科学 |
世の中には、あまり認知されていませんが、無くてはならない仕事がたくさんあります!その一つが、山岳地域の山小屋に荷物を担いで運ぶ仕事、「歩荷」。
背負子と呼ばれる運搬器具に、段ボールに箱詰めした荷物を何段も積み重ね、数十kgに及ぶ荷物を背負って、山小屋まで歩いて運びます。
しかし、現在では車で行ける林道が出来て運送ができるようになったり、ブルドーザーやヘリコプターで1tもの荷物を一気に山小屋へ届けるなど、輸送技術が向上。かつて明治時代、運搬技術がまだ確立されていなかったため、全国の山々で重宝されていた歩荷さんですが、現在ではその数が減少し、今では、尾瀬など一部の地域に残っている程度。ではなぜ尾瀬には、歩荷という仕事が残っているのか?それは、尾瀬は車が入れない特殊な場所だから!
今回の目がテンは、山小屋にとって欠かせない希少な職業、「歩荷の科学」です!
歩荷の荷物の背負い方
9月中旬。朝7時に呼び出されたのは、芸歴10年目のピン芸人、コネオ・インターナショナルさん。コネオさんがやってきたのは、広大な湿原が広がる尾瀬。そこへ、高々と積み上げられた荷物を背負って現れたのは、歩荷歴8年の石髙徳人さん、32歳。24歳の時、元々山小屋で働いていた石髙さんは、通常では考えられないような重さの荷物を運ぶ歩荷の姿に憧れ、静岡県から尾瀬に移住!今ではプロの歩荷として生計を立てているのですが、尾瀬で、プロの歩荷として働いているのは、現在3人だけだといいます。
石髙さんが背負っていた荷物は、なんと100kg!
石髙さんは、車の入れない尾瀬の木道を歩き、週に6日、1日に80kg〜120kgの荷物を山小屋に届けているんです。
早速、歩荷の基礎を学んでいきます。まずは歩荷の基礎中の基礎、背負い方!100kgの荷物をどうやって背負うのか見せてもらうことに!
石髙さんは、荷物を前にかがめ、軽々と立つことに成功!そしてコネオさんも挑戦です!コネオさんは大学時代、ボート部でキャプテンを務めていた体力自慢!なんと100kgの荷物を1回で持ち上げる事に成功!
しかし、コネオさんよりも華奢に見える石髙さんは、軽々と100kgを持ち上げているように見えます。スポーツ科学の専門家、日本獣医生命科学大学の濱部教授に、その理由を聞いてみると、そもそも人は、無意識のうちに重心を足の上に移動させることで立てているといいます。人が座っている時の重心は、腰にあるのですが、立ち上がる時には、体を屈ませることでその重心を前に移動させ、足裏に重心を合わせることで、身を起こしているんです。
さらに、荷物を持って立ち上がるには、足の位置、自分自身の重心の位置、そして、荷物の重心の位置、これを一直線になるようなタイミングを見計らって立ち上がるということが、一番重要になるんだそう。歩荷さんの立ち方は、荷物の重心位置を前に傾けていって、重心位置と自分の腰の位置、そして足の位置がピッタリ合ったその瞬間に、スッと立っているんです。
石髙さんは、自分と荷物の重心の位置を上手く足元に合わせることで余計な筋力を使わずに立っていたんです。
歩荷の歩き方
続いては、歩荷としての歩き方を教わっていきます! 練習のため、コネオさんは40kgの荷物を背負い、歩いていきます。
腕を組みながら歩くことで、荷物の揺れを防ぎ、余計な体力を使わずに進むことが出来るそう。さらに、荷物は腰よりも高い位置に置く方がいいと言います。荷物を腰の位置に置いてしまうと、荷物の重力によって体が引っ張られてしまい、体を起こすための筋力が必要になり、歩く時により負担になってしまいますが、高い位置に置くことによって荷物のバランスを体で取りやすくなり、体を少し前に傾けた時の荷物の重心移動を、歩く力に変えることができるといいます。
そうして、国立公園尾瀬の入り口に到着。尾瀬は、国立公園として特別保護地区となっていて、“国際的に重要な湿地”としてラムサール条約に登録されるなど、厳重な管理のもとで生態系が保護されており、固有の珍しい植物を守るため、足裏に着いた種子などを持ち込まないよう、入り口にマットが敷かれているんです。
入り口である鳩待峠から尾瀬の湿原に向かう道のりは、階段をおよそ500段以上下らないといけません。
そのため、新しい靴ではなく、履き慣れた靴を履いて進んでいきます。
朝の山道は朝露で湿り、転倒しやすくなっているため、かかとから降りるのではなく、足のつま先に重心を置いて降りるのがポイント。
足元に目線を置いて、確実に一歩ずつ階段を降りていきます。その後1時間ほど歩く練習を行い、基礎練習は終了!
後日、石髙さんが実際に行っている仕事をお手伝いさせて頂くことになりました。歩くルートは、鳩待峠から9.3km離れた山小屋に荷物を運ぶ長距離運搬!いよいよ美しい風景が続く尾瀬の木道を歩いていきます!果たして、コネオさんは山小屋まで荷物を届けることができるんでしょうか!?
歩荷の仕事に挑戦!
朝6時。早速荷物を分けていきます。今日の荷物は、合わせて75kg!コネオさんは、その半分の35kgを担当します。ちなみに8000m級の山に登る登山家の荷物の重さは、およそ20kgと言われています。
朝7時。コネオさん、練習の甲斐もあり、スムーズに立ち上がりいよいよ出発!
まずは、足を滑らさないように階段を下っていきます! ちゃんと足のつま先を使って降りられています。足元に注意しながら下ること15分。ここで一度休憩をとることに!
休んでいると、現在3人しかいない歩荷仲間の1人、歩荷歴33年の大ベテラン!渡部さんが90kgの荷物を背負い、追いついてきました。
石髙さんによると、立ったまま歩荷どうし抜かす事は基本タブーだそう。歩荷同士のつらさを気遣い、相手が休憩している時に抜かすのが歩荷のマナー!
5分の休憩をとり再開!ここからは細い木道が続きます!林の中にある木道をひたすら進んでいくと、ついに、東西約6kmにもおよぶ本州最大の高層湿原、尾瀬ヶ原。2000mを越える山々で囲まれた盆地で、標高は1400m。実は尾瀬の湿原は、1年でおよそ1mmずつ高くなっているというんです。尾瀬は標高が高く、温度が低いため、湿原に生える水生植物は枯れても腐らず、泥炭と呼ばれる特殊な土壌となって、どんどんと積み重なっていきます。尾瀬の湿原は、泥炭が積み重なることで、現在4mの高さになっているのですが、この高さになるには6000〜8000年もの時間がかかっていると考えられているんです。尾瀬は、そんな貴重な地形のため、車などが通る道を作ることができません。歩いて荷物を運ぶ歩荷は、自然を保護するためにも重要な役割を果たしていたんです。
荷物を届ける山小屋は、現在地からおよそ6km離れた山の麓。一本道の木道をひたすら進んでいきます。広大な景色を感じながら歩くこと30分。
尾瀬ヶ原の木道は狭いため、帳場と呼ばれる歩荷専用の休憩場所が、いくつも設けられているんです。
帳場を使い休憩していると、歩いている時とは違う風景が見えてきました。木道に座り、四季折々の景色を楽しむことで、一時の幸せを感じられる。そんな尾瀬で働く歩荷ならではの魅力がありました。
休憩を挟み、ラストスパート!一気に歩を進めていきます!肩の痛みに絶えながら進むこと1時間!そしてついに!ゴールの山小屋まで、残す所およそ500m!
しかし、山小屋を目前にして、ここで休憩すると言うんです。これは笑顔で山小屋に届けるという、歩荷の精神。
スタートからおよそ4時間。目的地の山小屋に到着!午前11時、9.3kmの道を歩き抜き、見事荷物を運びきりました!持ってきた荷物をほどき、山小屋に運び込んだら、歩荷のお仕事終了!
片付けを行っていると、なんと山小屋のかたのご厚意で、おにぎり弁当の差し入れを頂きました。
尾瀬の自然を陰ながら支える重要な仕事、歩荷の生き様を感じることができました。