放送内容

第1668回
2023.03.26
和紙 の科学 物・その他

 美しく、心地良い手触り。どこかノスタルジーを感じさせる和紙。2014年、ユネスコ無形文化遺産にも登録され手漉き和紙は日本を代表する伝統工芸となっています。和紙は卒業証書や賞状などで使われる特別な紙だけではなく、その特徴を生かし、現代の暮らしの中で、独特の存在感を発揮しているんです。
 さらに、「カゲロウの羽」とも呼ばれる世界一薄い手漉き和紙がある!?
 そして和紙は私たちが知らない所で大いに役立ち、世界から評価されていた!?今回は、今こそ見直したい、世界も注目する和紙を科学します!

現代に活躍する和紙

 ラベリングやデコレーションに活躍するマスキングテープ。もともと工業用で海外で生まれたものが、日本で改良され海外で文房具としても定番の人気アイテムになっているんです。そんなマスキングテープ、海外ではWashi tapeと呼ばれています。実は、マスキングテープの材料は和紙。

 なぜマスキングテープは和紙で作るようになったんでしょうか?紙に詳しい高知県立紙産業技術センター有吉さんに伺うと、和紙の代表であるコウゾの繊維は非常に長く、引っ張って破れるまでの強さや引き裂き、折り曲げにも強いという特徴があるといいます。
 和紙は繊維が長いことで丈夫である?そこで、実験!和紙と比べるのは、短い繊維が特徴の洋紙。1平方mあたりの重さがほぼ同じ和紙と洋紙を短冊形にカット、そこに重りを載せて何gまで耐えられるのか?

 重りを増やしていくと、77gで洋紙は切れてしまいましたが和紙はびくともしていません。どんどん重りを足していき830gでようやくちぎれました。

 洋紙に比べ、薄くても丈夫。とはいえ紙だから、手で簡単にちぎれる。和紙のそんな特徴がマスキングテープにぴったりだったんです。ほかにも折れ曲がりにも強い特性を生かし、昔から提灯や、扇子、和傘などにも活用され日本文化を支えてきました。また、程よく光を通す和紙は、インテリアとしても活躍しているんです。
 さらに、廃棄される野菜や果物の皮を活用した和紙も作られています。伝統的な和紙の製法を利用したこうした取り組みは、環境に配慮し廃棄物を減らせるという点でも注目されているんです。

世界一薄い手すき和紙「かげろうの羽」

 向かったのは高知県。古くから土佐和紙の生産地として知られています。土佐和紙は、越前和紙、美濃和紙とならぶ日本三大和紙のひとつとされ、1000年以上の伝統を誇ります。その伝統を支えたのが、「仁淀ブルー」と呼ばれる清流、日本トップクラスの水質を誇る仁淀川です。

 紙作りに欠かせないのが、豊富できれいな水。仁淀川は和紙の伝統を育み、人々もその清流を大切に守ってきたんです。
 そんな仁淀川の恵みの中、世界一薄い手漉き和紙を作っている唯一無二の工房へ。迎えてくれたのは、貴重な技を受け継ぎ和紙作りをおこなっている浜田治さん。世界一薄い手漉き和紙、正式な名前は土佐典具帖紙。150年ごろ前に開発された紙で、薄さは0.02mm。国の重要無形文化財に指定されています。

 その特徴は薄くても丈夫であること。引っ張っても簡単には破れません。
 この土佐典具帖紙が発明されたのは明治初期。タイプライターのステンシル用の原紙として、タイプでたたいても破れない薄く丈夫なところが世界で評価され、当時は大量に海外に輸出されていました。時代の流れの中で需要が減り現在、浜田さん兄弟2人だけがその技術を受け継いでいます。
 今回はそんな貴重な職人技を見せてもらいます。工房の奥にある大きな水槽。これは紙の材料を混ぜ、紙漉きを行う漉き舟と呼ばれるもの。

 漉き舟は仁淀川に流れ込む湧き水から引いたきれいな水で満たされています。
 そして浜田さんが取り出したのは、材料となるコウゾの繊維。紙の原料は植物の繊維。土佐典具帖紙では土佐コウゾ100%で作ります。コウゾは、ミツマタ、ガンピと並び伝統的な和紙の原料。クワ科の低木で、斜面で栽培されます。紙作りでつかうのは、その皮の部分。繊維を取り出すため、皮を窯で煮てほぐし、流水で不純物を取り除いていきます。極薄にする土佐典具帖紙では、わずかなチリも許されません。
 上質な水、丁寧に処理されたコウゾの繊維。そしてもう一つ必要なものが、ネリともよばれる、トロロアオイの根からとれる粘液。

 これが和紙作りでどんな役割を果たしているか、早速、職人技を見せてもらいます。
 まず漉き舟にコウゾを入れていきます。しっかり均一に混ざるようにザブリという道具でかき混ぜます。ここで、ネリを漉き舟の中へ。これにより水に粘りが出るんです。ネリを一緒に混ぜることで、沈んでいたコウゾが水中に均一に広がり、繊維同士がダマになるのを防ぎます。ネリは繊維をすくって紙を作る際に厚みを一定にするのに重要な役割を担っています。
 いよいよ漉いていきます。使うのは簾桁といわれる道具。一枚漉くのにかかる時間はわずか30秒。浜田さん、漉いたものをどんどん重ねていきます。

 繊維同士がシート状になるのは、紙の原料である植物繊維が、接着剤などがなくても、水を介してお互いくっつく性質があるから。繊維の主成分はセルロース。セルロースを水に入れると、水がセルロースの間に入り込み橋渡しをします。水が徐々になくなるにつれてセルロース同士が近づき、直接結合が出来ます。乾燥しても結合は保たれたまま。繊維がいくつも重なり合うことでシート状になるんです。
 また繊維を均一に広げるために土佐典具帖紙は特に簾桁を激しく揺り動かします。水の動きをよく見てみると、前後左右に渦を描くように動いています。

 手漉きの和紙の多くは前後のみ、左右のみの動きで紙をすき、繊維の方向が揃った紙に仕上がります。その結果、タテ・ヨコで強度の差が生まれてしまいます。一方、薄く厚さを均一にするため土佐典具帖紙は水が円を描くように激しく揺り動かします。すると、繊維方向がバラバラになり均一に広がります。これでタテ・ヨコの強度の差も小さい薄くても丈夫な紙となるんです。

意外な場所で活躍する和紙

 訪ねたのは京都芸術大学の大林賢太郎先生。大林先生の専門は文化財の保存修理で修復のスペシャリスト。そしてなんと、典具帖紙が文化財修復に使われているというんです。
 見せてもらったのは、明治末期の、4m以上におよぶ川とその周辺を詳しく記した地図。修復のため持ち込まれたときは、汚れと劣化でぼろぼろ。それがなんと、あちこちに亀裂がはいっていたところも表から見てもわからないぐらいにきれいに修復されていました。

 切れている部分には裏から薄い典具帖紙を貼って補強されています。

 典具帖紙は裏側から張る修復以外にも表から張る補強にも使われます。薄いので表に張っても文字や絵が鮮明に見えるので重宝されています。ほかにも、木製の仏像彫刻では色落ちやささくれの進行を遅らせるため典具帖紙を張ることも。曲面に沿って自由自在になじませることができるのも薄くて丈夫なおかげ。
 文化財修復で活躍している和紙は典具帖紙だけではありません。見せていただいた地図では紙の素材を分析し、それと同じ素材で和紙を再現し、修復に使うこともあるんです。
 薄くて強く、柔軟性にも優れ、歴史から見ても安全性に実績がある。和紙は貴重な文化財の保存修復の現場で大切な役割を担っていたんです。

 さらに、和紙は壁画のクリーニングにも使われているといいます。
 実際にバチカンにあるシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの壁画でも典具帖紙がつかわれました。壁画のクリーニングは、水で行われることが多いのですが、直接水で汚れを拭き取ろうとしても、ムラが出てしまう可能性があります。それを解消したのが和紙。
 水になじみやすい紙の性質を生かし、和紙を壁画にはりつけ、水を含ませます。そして水でういた汚れを紙の繊維やその間に取り込み吸着。汚れを吸った和紙をはがすことでクリーニング。

 貼ったままでも絵の状態が確認できる薄さがあり、むらなく均一に水分を与えることができ、凹凸にも対応できる。和紙は修復には最適だったんです。