モネは1899年から3年にわたり、毎年ロンドンに滞在し、サヴォイ・ホテルのスイートルームから見えるテムズ川や、ここからは見えない国会議事堂などを描いた。その総数は実に70点を超えるが、「ウォータールー橋」はロバート・テイラー、ヴィヴィアン・リー主演の往年の名画『哀愁』の原題でもある。あの映画にも「霧のロンドン」は出てくるが、モネのロンドン・シリーズを見ていると、「霧のロンドン」は「モネのロンドン」とさえ思えてくる。モネの「ロンドン」を見て、人は「霧のロンドン」を言い出したのだと。同じ眺めを刻々と変わる時間、あるいは光に合わせて描いたモネの連作は《サン・ラザール駅》や《積み藁》から晩年の《睡蓮》まで数々あるが、都市としてはモネ好みの水の都ロンドンとヴェネツィアを取り上げている。
この絵のタイトルに橋の名はあっても、その姿、形は川面に浮かぶ舟や対岸の風景とともに曇りガラスでも通して見たように曖昧模糊としている。ホイスラーの《白のシンフォニー》にあやかって《藤色のシンフォニー》とも呼びたい絵で、説明的、描写的な要素のほとんどない、橋そのものというより、微妙な色調の変化が本来の「主題」ともいえる絵である。
作品解説 千足伸行