エルミタージュ美術館には《ダンス》、《音楽》を始めとするマティスの傑作が目白押しだが(約40点)、その大半はロシアの大コレクター、セルゲイ・シチューキン旧蔵である。これも彼のコレクションにあったもので、別名《赤のハーモニー》。しかし当初は《青のハーモニー》として描かれ、1908年のサロン・ドートンヌに出品した後、シチューキンに送る予定であった。しかし展覧会直前になってマティスは唐突に色を変えて《赤のハーモニー》に変更した。同じ絵が「青」から一夜にして「赤」に看板を掛けかえるという珍しい例で、元の青は今もこの絵の縁に残っている。変えた理由についてマティスは「青では十分装飾的でなかった」と述べ、「前のままでも美しかったが、赤に変えてはるかに美しくなり、自分でも喜んでます」と書いている。
奥行きを感じさせない平面的な画面構成(そのため左上の風景は窓の外の風景なのか、額縁に収まった別の絵の一部なのか判然としない)、赤に加えムラのない青、黄、緑など原色系の色彩が華やかな装飾的な効果を盛り上げている。赤の地に浮かぶ青い植物模様が快いリズムを生んでいるが、この文様は画家が愛蔵していた織物に由来する。卓上の静物的なモチーフには、マティスが傾倒していたセザンヌの影響が明らかである。
作品解説 千足伸行