「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」では、レンブラントの明暗表現を考察する上で重要な役割を果たした版画と絵画とを取上げ、その初期から晩年にいたる諸作品において、この17世紀オランダの巨匠が、どのように光と闇の表現に取り組んだかを辿ります。
17世紀後半から本格化する版画収集において、夜景や暗い室内を描いたレンブラントや17世紀オランダ
版画は「黒い版画」と呼ばれ、版画コレクターたちの人気の収集対象となっていました。それほどレンブラントの時代のオランダでは黒の諧調表現が重要なものとなっていたのです。レンブラントに先行する、あるいは
同時代の版画家たちによる代表的作例が導入部として展示され、次いで、《羊飼いへのお告げ》、《三本の木》、《貝殻》、《夜のエジプト逃避》などレンブラントの「黒い版画」を代表する作品が紹介されます。また、《東洋風の衣装をまとう自画像》(パリ市立美術館)、《羊飼いの礼拝》(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)、《旗手(フローリス・ソープ)》(メトロポリタン美術館)などの絵画は、レンブラントがさまざまな段階で試みた暗調表現の意味と広がりとを教えてくれるでしょう。
複数ステートによる作品のあくなき探求のほかにも、レンブラントの版画にはもうひとつ極めて重要な革新性が認められます。それは異なる支持体を用いたという事実です。17世紀末には、すでにレンブラントが
「インド紙」や 「中国紙」などの「淡い色の紙」に版画を刷ったことが記録されています。現在、レンブラントが版画に使った最も重要な用紙は、オランダの東インド会社によって日本からもたらされた紙、つまり和紙であると考えられています。このセクションでは、レンブラントが和紙を使い出す1647年以降の重要な作品から、
《ヤン・シックス》、《木の下で祈る聖フランチェスコ》、《病人たちを癒すキリスト(百グルデン版画)》などが、それぞれ和紙版と西洋紙版において展示されます。また、和紙以外にもオートミール紙に刷った作品や中国紙、西洋紙に刷った版画が展示されます。代表作である《三本の十字架》と《エッケ・ホモ(民衆に晒されるキリスト)》についても、ステートと用紙が異なった複数の作品が展示され、レンブラント版画の真髄に触れるまたとない機会となるに違いありません。
レンブラントの在世当時、その名声は絵画よりもむしろ版画に負うところが大きかったようです。彼が黒の諧調を追求したのも、和紙の中間色を使って微妙な諧調を追及したのも、明暗表現に対する深い配慮によるものでしょう。レンブラントにとって、キアロスクーロへの関心はさまざまに変奏しつつ、その初期から晩年まで一貫して持続しました。このセクションでは、レンブラントの多様な明暗表現を、その初期から晩年まで辿ります。《ラザロの復活》、《石の手摺りにもたれる自画像》、《神殿奉納》、《オンファル》から、最晩年の版画《矢を持つ女》に至る版画に加え、《音楽を奏でる人々》(アムステルダム国立絵画館)、《書斎のミネルヴァ》(ニューヨーク、レイデン画廊)、《ヘンドリッキェ・ストッフェルス》(ルーヴル美術館)など、光と影の描写が際立つレンブラントの初期から晩年までの絵画も出品され、版画と絵画における明暗表現の異同や相互の関わりを見ることができるのも大きな魅力になるでしょう。
3つのセクションから構成されるこの展覧会は、約100点の版画を中心に、これにレンブラントの明暗表現のさまざまな側面をよく示す約15点の絵画と素描とを加えます。また、第2セクションには20点以上もの和紙刷り版画が含まれ、日本からもたらされた未知の紙が、レンブラントにとって少なからぬ役割を果たしたことを具体的に検証することができるのも、大きな意味をもつことでしょう。和紙に焦点を当てたレンブラントの展覧会は世界でも始めての試みであり、この画家の明暗表現や和紙刷り版画の意義をめぐる国際シンポジウムも計画されており、レンブラントの芸術に新たな「光」をあてることになるに違いありません。