現地レポート

「青黒的倶楽部世界杯2008〜世界基準への挑戦(3)〜」

文/下薗 昌記

2008.12.14

アジアの舞台で今季12度聞いてきたFIFAアンセムが豊田スタジアムに流れる中、ガンバ大阪の世界挑戦が14日、いよいよスタートした。相手はACL決勝で二度対峙した、いや二戦での計5対0という結果だけを踏まえれば「退治」したといっても過言でないアデレード。橋本英郎は「アデレード戦まではACLの続きぐらいの感覚」とここ一か月余りで三度目の対戦を評したが、試合前の握手を交わす山口智とドッドの両主将の左腕に巻かれたキャプテンマークには「クラブのワールドカップ」のロゴマークが存在感を見せつける。そう、ステージはもはやアジアを飛び越えた世界なのだ。ゴール裏に陣取ったガンバ大阪のサポーターもACLで掲げた「亜細亜の頂点」の横断幕ではなく「勝て勝て勝て勝てあと3つ アジアの次は世界一」というメッセージで、さらなる躍進を期待する。

ガンバ大阪によるキックオフで始まった試合は、三万人を超える観衆の「攻めるガンバ大阪、守るアデレード」という予想を覆す展開を見せる。「全てを賭けてもいいぐらいの価値が初戦にある」(山口)。いつも冷静なゲーム主将は勝てばマンチェスター・ユナイテッドへの挑戦権を得られる大会初戦の重みをこう語ったが、右膝半月板の負傷から復帰したばかりの二川孝広を含むガンバ大阪の布陣はACLでその機能性を証明した4-2-3-1。対するアデレードも股関節痛でワイタケレ戦を欠場したプレーメーカーのジエゴや風邪による体調不良だったカッシオらブラジル人が復帰し、4-5-1に近い布陣で挑む。

この一戦は単なる準々決勝ではなく、スター軍団のマンチェスター・ユナイテッドへの挑戦権を得る一戦。「対戦できれば、間違いなく過去最強の相手になる」(遠藤保仁)。今大会で世界基準との距離感を図りたいガンバ大阪はもちろんだが、アデレードにとってもその心境は同じくするところ。強行出場したジエゴは「リベンジの気持ちは強いし、より多くの人が見ているこの大会で勝てれば過去の負けを水に流せる」。

過去二度味わった屈辱と世界の大舞台という充実感――。「今までとは違うアデレードが出てくる」(西野監督)。指揮官の予感は嫌な形で的中した。

「試合で鍵となるのは僕らがボール支配をしているときにACLのようなミスを犯さないこと。ガンバはそこに付け込んでくる」(カッシオ)。過去2戦はいずれも自陣でのビルドアップの段階で綻びが生じ、ボールを失った流れからの失点で墓穴を掘った豪州の大男たちは三度目の対戦でやはり修正を施してきた。最終ラインからあえて前方にロングボールを蹴り込み、3トップ気味に配置されたクリスティアーノとカッシオ、ドッドを起点にチーム全体が積極的なプレスを敢行。13分にドッドが放った決定機が決まっていれば、完全にアデレードペースに持ち込まれていたはずだ。

「皆、体が重くて動きだしも遅かった」(遠藤)というガンバ大阪に輪をかけて圧し掛かったのが「勝って当たり前」という見えない重圧だ。遠藤も言う。「気持ち的には2つ勝ってるから負けられないっていうプレッシャーもあったし、短い期間での3試合なんで、やりにくい部分のほうが多かった」。

逆にワイタケレとの初戦を終えてコンディション的にも上々のアデレードは運動量の多さと質で上回る。そんな両チームの明暗を前半17分の予期せぬトラブルが左右する。

右サイドの切れ込み隊長、佐々木勇人がシュート時に右の内転筋を痛めて退いた。FWに従来の得点力がない以上、遠藤を中心とする中盤の構成力にフィニッシュも託す4-2-3-1が現状のベストだったガンバ大阪だが、「相手は僕たちの布陣を研究していたし、僕ら中盤はマンツーマンでマークに付かれていた」(橋本)。

佐々木をあきらめ、播戸竜二を急きょ投入して、4-4-2にスイッチしたことが奏功し、アデレードの中盤のマークがずれ始めると、一瞬の隙を見逃さないアジア王者は二川から播戸へ絶妙のロビング。「マークに付かれていたし、ヤット(遠藤)が走っているのが見えた」と播戸が言えば、背番号7も「来ると信じて走っていた」。


やはり試合を決めたのはこの男だ。「今季ヤットはFWともトップ下とも言える位置でびっくりするプレーを見せている」。長年ボランチでコンビを組んだ橋本も驚きを隠さない遠藤の得点力だが、FW顔負けの高い精度の秘訣は、今や代名詞ともなった「コロコロPK」を支える圧巻の落ち着きにある。この日、唯一の得点となったゴールシーンでも背番号7はこともなげに「また抜きを狙った」。

後半は、ACLの二戦目同様、中盤の守備がルーズになったアデレードに対して、二川らが決定的なパスを連発。1点という最少得点差で余裕のないガンバ大阪は攻め急ぐ反面、決定力を欠き、カウンターの応酬という展開に持ち込まれ、疲弊。一点を追う立場のヴィドマー監督がドップリとベンチに腰を据えて戦況を眺めるのに対して、アジア最優秀監督はピッチサイドに仁王立ちで苛立ちを隠せない。負けているときにしか見せないピッチを出たボールを自ら自チームの選手に忙しなく投げる姿がその心境を物語る。

苦境は続く。残り10分の段階で、二川が右膝を再び痛めてピッチに倒れ込む。4分間のロスタイムで、途中出場のユーニスがあわやのミドル弾を、終了間際にはパワープレーからドッドが際どいヘディングシュートをそれぞれ放つが、辛うじてガンバ大阪が逃げ切った。

それにしても改めてクラブのワールドカップで初戦を戦う難しさを思う。ヴィドマー監督もわずか3日前の開幕戦での低調なパフォーマンスを「木曜日には全く同じ状況にあった。ワイタケレとの試合では誰もが私たちが勝つと思っていた」と振り返る。

シュート数で言えばガンバ大阪が17本を放ち、7本のアデレードを倍以上勝ったものの、決定機の数で言えば明らかにアデレードが勝っていた。

ただ、「まず一勝」と指揮官が強調し続けてきた大会のノルマはすでに達成したことで、「このクラブのワールドカップの厳しいステージで1勝をあげられたということで、選手を評価したい」と安堵の表情。一方で、検査のために15日に帰阪する二川と佐々木の準決勝出場は絶望的な状況で、満身創痍でつかみ取った準決勝でも苦戦は免れそうにない。

「かなり戦力ダウンを強いられるが、今日の1勝をしっかりかみ締めて、またいい準備をして横浜に入りたい」と自らに言い聞かせるように語った西野監督。

チーム随一のパスセンスを誇る背番号10とチーム最速のドリブラーを欠く今、名将はあえてスタイルを貫くのか、現実的な戦いを余儀なくされるのか――。「今度は勝たないといけない重圧は彼らにある」(ルーカス)。「相手のコンディションもいいとは思わないしチャンスはある」(遠藤)。

自らも苦しんだ「初戦」「重圧」という罠に、欧州王者を追いこみ、ガンバ大阪は世紀の「ジャイアントキリング」を狙う。


●下薗 昌記(しもぞの まさき)・・・1971年大阪市生まれ。ブラジル代表とこよなく愛するサンパウロFCの「芸術サッカー」に魅せられ、将来はブラジルサッカーにかかわりたいと、大阪外国語大学外国語学部ポルトガル・ブラジル語学科に進学。全国紙記者を経て、2002年にブラジル・サンパウロ市に居を構え、南米各国でのべ400を超える試合を取材する。2005年8月に一時帰国後は、関西を拠点にガンバ大阪やブラジル人選手、監督を対象にサッカー専門誌や一般紙などで執筆。日本テレビではコパ・リベルタドーレスなど南米サッカーの解説も担当する。