展覧会紹介
展覧会みどころ
千足伸行 (成城大学名誉教授/本展監修者)
エルミタージュ美術館展はこれまで再三開かれてきたが、今回は世紀別に内容を構成している点が特色と言える。当然これは時代を追って、ということになるが、エルミタージュ美術館側の意向もあって、それぞれの世紀の各国の美術を総花的にではなく、美術館のコレクションを基準にしながら、その世紀を代表するにふさわしい国、地域とその作品に焦点を当てている。今回選んだ各世紀のキーワードを挙げると次のようになる。
16世紀=人間の世紀/17世紀=黄金の世紀/18世紀=革命の世紀/19世紀=進化する世紀/20世紀=アヴァンギャルドの世紀。
16世紀とは言うまでもなくルネサンス時代であるが、これはすべてが神、教会を中心に回っていたキリスト教中世に対し、人間が人間であることに目覚めた時代として、「人間の世紀」とも言える。ルネサンス美術の中心となったのはローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアの3つの都市であるが、今回はティツィアーノ、ロレンツォ・ロットなど、美しい色彩で知られるヴェネツィア派の充実したコレクションが16世紀を代表している。
17世紀、つまりバロック時代のシンボル・カラーは、「太陽王」ルイ14世のヴェルサイユ宮殿に代表されるように黄金であり、その意味で「黄金の世紀」と言えるが、これはまた「巨匠の世紀」とも呼べる。ルネサンス美術はイタリアがほぼ独占していたが、17世紀は群雄割拠の時代で、フランス、スペインなど、イタリア以外の各国に巨匠が輩出した。特に17世紀のオランダとフランドルはそれぞれレンブラントとルーベンスを擁して絵画の未曾有の「黄金時代」を現出した。今回もこのふたつの地域から名品が選ばれているが、とりわけルーベンスの名品が目をひく。
18世紀の「革命の世紀」とは言うまでもなく1789年のフランス革命を指しているが、この時代の美術は世紀前半から後半にかけての、ルイ15世治下のロココ美術と、1774年に即位したルイ16世治下の新古典派に二分される。ロココ時代のシンボル・カラーはバラ色で、ロココ美術とは「バラ色の人生」を謳歌したごく一部の特権階級のものとも言え、ワトー、ブーシェ、フラゴナールの芸術はこうした享楽的な時代精神を反映している。
ごてごてした装飾過剰気味のロココ美術への反動として生まれてきた新古典派は気高くもシンプルな「古代に帰れ」をモットーとし、今回はゲランの絵がその典型のひとつと言える。18世紀はまたイギリスに発し、次の世紀にヨーロッパ各国に波及してゆく産業革命の時代でもあるが、イギリスのライト・オブ・ダービーは産業革命にちなむ工場など、絵にしにくい主題をいち早く描いた画家として知られている。
19世紀はフランスの7月革命(1830年)、2月革命(1848年)、同じ年のドイツ、オーストリアなどの3月革命、その余波を受けての各国の民族主義の高まりなどもあって、18世紀同様、「革命の世紀」とも呼べる。しかしこれをあえて「進化する世紀」と呼ぶのは、『種の起源』、『人類の起源』の著者ダーウィンに代表される、革命的な思想、理論としての進化論ゆえである。ダーウィンの進化論は我々の想像以上に当時の美術に影響をあたえているが、しかしここで言う「進化する世紀」とは必ずしもダーウィンの進化論にとらわれているわけでなく、政治、経済から文化、芸術にいたるまで、19世紀があらゆる面で進化、発展、変革の時代であったことを踏まえている。美術についてはロマン派→写実派(リアリズム)→印象派→ポスト印象派→新印象派→象徴派というめまぐるしい展開がこれを明らかにしている。近代絵画、近代美術における「近代」という考え方も、19世紀が現代から見て一番「近い」からではなく、美術においてもかつてない変革、変貌の時代であったことに由来する。