2012年11月28日、紅葉の石庭の本番撮影に同行取材させてもらう。朝4時半過ぎ、龍安寺に到着。真っ暗な石庭を前に、撮影スタッフは手慣れた様子で照明を点けて、板戸を外し、畳の上に養生を敷き、カメラ台を据え付け、撮影のセッティングを着々と進めていく。寺院が寒いということは聞いていたので、冬用の靴下を2枚重ねで穿き、足用の使い捨てカイロを靴下の裏に貼った。だが、板の廊下に温度を奪われて一向に暖かくならず、そのうち足の裏の感覚がなくなり始めた。
当日の日の出時刻をネットで調べると6時44分。日の出から一般客が拝観に訪れる朝8時までの一時間強が撤収を含めた貴重な撮影時間。一度きりの紅葉の撮影チャンス。1分1秒でも日の光の中で長く撮影したいスタッフは機材チェックに忙しそうで、細かい質問は憚られた。縁側に出て石庭に目をこらしてみるが、まだ真っ暗で紅葉の様子もわからない。油塀越しの東の空に明けの明星だけがぽつんと光って見えた。
早く日が昇って撮影が始まらないか、早く太陽の光で暖かくならないかとずっと考えていた。寒気による震えが足元から全身に伝播して堪え難くなった頃、ようやく周囲が明るくなり、暗かった石庭にも徐々に光が差し込み始める。青ざめた白。そして鮮烈な赤と黄。石庭と紅葉が日の光を浴びて本来の色をぐいぐい取り戻していく。圧巻。美しいコントラストに寒さを忘れ、つい石庭に寄り過ぎて撮影本番中のスタッフに咎められた。何年か前に訪れた石庭は桜咲く春の頃だった。紅葉燃える秋の石庭がこんなに魅力的だと私は知らなかった。
■ 初めてのリサーチ
—— 皆さん、それまでに龍安寺に行かれたことはあったのですか?甲斐 | 龍安寺ってどんなところなんだろうねということで、技術陣は皆それぞれ休みとったり、自費だったりで、京都までリサーチに行きました。で、石庭に行ったら、おーっと、石庭に面した縁側のこんなところに「柱」があるのかと(笑)。想定のイメージでは柱は考えてなかったんですが実際には柱がありまして。 |
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高橋 | 引いて撮れるなら一枚絵でも良いんじゃないかと思っていましたが(笑)。 |
—— 柱があったら、引いては撮れないですよね。
甲斐 | オヨヨとなってしまって(笑)。パノラマを作るならカメラを何台か並べればできるだろうなという想定は当然ありました。そういう技術は弊社では以前『世界陸上』の中継でも使ったので。 |
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高橋 | 91年の世界陸上ですね。カール・ルイスに長嶋茂雄さんが「ヘイ、カール」って言った大会です(笑)。アナログのハイビジョン3台を使って、国立競技場のトラックを全部同時に映しました。 |
甲斐 | その頃の技術とはちょっと違うやり方で、しかももっと大画面でやってみるっていうのは新たな取り組みなのでトライしてみようとなりました。横に並べて、あとは繋げればパノラマになるということはわかっていたのですが、それをキレイに繋げるかどうかというところも一つの課題ではあったし、龍安寺にリサーチに行ってギョッとしたあの「柱」をどう消すかという課題も持ちました。でも何とかCGではなく実写で消せるんじゃないかという自信もありました。なので、まず11月の本番前に、4Kのカメラでなく普通のハイビジョンのカメラを持って行ってテストしようと。それが2012年の9月。 |
—— 何台カメラを持っていかれたのでしょうか?
甲斐 | そのときは4台。実はその前に僕と高橋で東京のスタジオでスチルのカメラを2台使って、間にある柱をどうやったら実写で合成して消せるかという実験に取り組んでいました。柱とカメラの距離を計ってどの辺からだったら消せるだろうかと。 |
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■ 撮影困難な”暗さ”
—— 2012年9月、龍安寺でのテストを行った時に見つかった課題はなんだったのでしょうか?高橋 | とりあえず今後は電車で京都まで向かうのはやめましょうと。荷物が多すぎました(笑)。また、このときの課題は、「複数台のカメラを載せる撮影用機材の制作」で、図面を作るメドも立ちました。 |
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甲斐 | ロケバスを使って機材を運ばないとキツい、それは大きな課題でしたね。 |
—— 撮影時間は龍安寺の拝観時間前ですよね?
藤原 | 拝観時間前の朝8時までと拝観時間後の17時以降ですね。 |
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—— その9月のロケハンの時に今後、撮影状況が厳しくなるだろうという予測はありましたか?。
甲斐 | 撮影のコンディションという意味で言うと、根本的に暗いんですね。朝は早いし、夕方は早く日が暮れちゃうんで。夏は良いけど、暗いということが結構大きな課題で。 |
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藤原 | 9月の時点でも結構暗かったから、これで秋の紅葉の時期だと11月だから…… |
甲斐 | 日の出は遅く、日没は早いだろうと。 |
■ “テレビ屋”としての不安
—— 「四季を撮る」というビジョンは、最初からあったんですか?甲斐 | ありましたが、こういう「パノラマ」の画が展示物としてどれくらい成立するものなのか、本当に四季が移り変わるだけで面白いのか、「絵」的にもつかどうか不安でした。 |
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藤原 | “テレビ屋”としてはとても心配なのです。 |
甲斐 | “テレビ屋”って基本的には「静止したまま10秒」とか、今回の場合は“何分”ですけど、フィックスで固定したままということに慣れていないので、間になにかしら他のカットを入れた方が良いのかなと不安になりました。いろいろな構想はありましたが、この時点ではまだ混沌としていました。一方で、映像をディレクションする側からは、「映像の割引はしない、画角が何も変わらない中で四季だけが変化する。そのどうしようもない“不安”な感じに浸りつつ日本の四季と正面から向き合うとこがいいんだ」という意見もありました。 |
—— フィックスでいける、とはっきりしたのは?
甲斐 | 「4Kで撮影した映像をパノラマで合成して」、ですかね。 |
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高橋 | 2011年9月のロケハン後、実際の会場となる東京国立博物館で投影テストをやりました。ロケハンで撮影したハイビジョンの画を、ハイビジョンのプロジェクター3台を使って、約16メートルの幅に投影したのです。4Kじゃないので精細度は違うけど「サイズ感」はわかります。 |
甲斐 | それで本当にいけるかどうかを確認して、いけると。でも、実際の4Kではないので精細感は足りないから、本当にこれで良いのかなっていう不安も若干はありましたね。 |
高橋 | サイズは良いけど。 |
甲斐 | ハイビジョンではあんまりキレイじゃないわけですよ、やっぱり。拡大すると画素が粗いので、余計にその粗さが見えてしまって。ただ、これで大丈夫なんだろうかという不安はありつつも4Kならもっと確実にきれいになるであろう、と。イメージでは、実際に一面を200インチくらいで投影してみれば、それなりにきれいに映るということは確認していたので、何とか大丈夫なんじゃないかなって。 |
—— その2012年の9月の投影テストで「パノラマで四季を撮る」方向性を確信したと。
甲斐 | 撮って、パノラマ化することはまず出来る。これでちゃんときれいに映れば、大丈夫だろう、と。(つづく) |
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展示影像は、なんと10K!
今回の展覧会の映像は、図のように、3つの「4K 」の映像を横に並べて3台のプロジェクターで投影します。横方向の画素数は、単純に3倍にすれば、4K ×3=4,000×3=12,000画素ということになりますが、実際には繫ぎ目を消すために、隣り合う映像を約20%ずつ重ね合わせる「ブレンド処理」を施し、横方向の画素数はトータルで9,984画素。つまり、4Kを超越した約10Kの映像ということになります。
取材・文/黒岩 広義(108UNITED)